■お毛々シスターズ♯8 刺客
脇毛地区の密林の中、更に歩を進める私たちの前に小さな川が現れた。 水は澄んでいて飲み水になりそうだ。 アンドリューは水辺に静かに歩み寄ると私に言った。 「タケシサンノ・ゴハン・浮カベルヨ」 「・・・“浮かべる”?」 アンドリューは足下にある大きな石を両手で抱えると忍び足で水の中に入っていった。 そして水面から出ている石に向けて、抱えていた石を勢いよく投げつけた。 ゴチーン!! 大きな音を立てて水面が揺れる。 しばらくすると石の周りを泳いでいた魚達が水面に腹を見せてプカプカと浮かんできた。 魚は衝撃で気絶したのだ。 「・・・妙な知識を持ってるなオマエは」 夢中で魚捕りに励むアンドリュー。 ゴチーンゴチーンと大きな石と石がぶつかる音が辺りに響く。 私は道ばたの切り株に腰掛けると、 ハルカからもらったバスケットの中をあける。 ハルカの作った星形のバタークッキーは甘くておいしい。 過酷な旅の疲れを和らげてくれる。 クッキーをかじりながら私はカスミの言葉を思い出していた。 “たけちゃんが彼氏だったらいいのに” あの日彼女のマンションの灯が消え、 マサヒコはカスミを抱いたのだろう。 あのヘラヘラした軟派男がカスミの体にしたであろうことを考えると胸がムカついた。 そして左手首に激痛が走った。 激痛が・・・。 左手首に・・・・。 ・・え? ・・・激痛?? 私は痛みを感じたその左手を見た。 そこには私の手首をガップリとくわえこんだ細長い蛇がいた。 真っ黒に赤のラインが入ったいかにも悪そうな蛇だ。 そしてその蛇の頭は三角形に尖っていた。 額には青色で“龍”と書かれている。 「青龍会の毒蛇!!」 私はあわてて叫び、蛇を踏みつけようとした。 しかし蛇はヒラリと身をひるがえすと茂みに消えていった。 なんてことだ。 毒を使った攻撃は青龍会のお家芸なのだ。 早速ドジを踏んでしまった・・・。 猛毒にやられ私の体はしびれた。 私は力を失い地べたに崩れ落ちた。 体中に毒がまわり意識が朦朧としてくる。 呼吸は荒く気分が悪い。 地べたに這いつくばり体がのたうった。 その時、誰かの声がどこからともなく聞こえた。 力のない首で見上げると、そこには薄汚いケーブに身をつつんだ老人がたたずんでいる。 見覚えのある顔。 「・・・おまえは便! ・・・死んだんじゃなかったのか!」 「こうして霊体になって生きておるわ。うつけものが」 目の前の老人は便毛伸という男だった。 数年前、愛人の女の上で腹上死したはずだ。 「・・・一体なんの用だ。・・・オレを笑いに来たのか?」 「たけしよ、おまえは田無へ行くのだ」 「・・・田無? ・・あんなところに何しに?」 「そこに住む陽田という人に教えを乞え。田無は通勤途中であろう?」 「・・ああ、確かにそうだけど・・。・・・いや、“通勤途中だった”だよ」 「陽田は我らお毛々全員の師であり、偉大なお毛々マスターだ」 「・・お毛々マスター・・・?」 「彼を訪ねるがいい」 「・・・ダメだ・・動こうにもオレはもう・・・助けて・・・便・・」 私の頭はガックリと力を失い地面につっ伏した。 「ちくしょう・・・こんなところで・・」 薄れゆく意識の中でアンドリューの歌う陽気なあずさ2号と、 石と石がぶつかりあうゴチーンゴチーンという音が響き渡ってきた。 アンドリューは夢中で魚を捕りながら姿の見えない私に向かって叫んだ。 「タケシサン、ホラ、コレ見テ。コレ見テ!! コンナニ捕レタヨ!!」
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