■お毛々シスターズ♯4 捕縛

“何ぃが出来ぃるぅぅのかなぁぁぁぁぁ〜♪”

突如として有線から流れてきた平井堅のファルセット・ボイスに
お毛々ナオミは耳を押さえて震え上がった。

「きゃあーーーー!!」

ナオミは両耳を手で押さえ苦悶の表情を浮かべてうつむいていた。

恐ろしい。

全くもって平井堅の裏声は恐ろしい。
普段聞く彼の歌は素晴らしいし、歌唱力も認める。
が、仕事中となると話は別だ。
ボリュームを小さくしていても彼の歌声の部分だけはやけに鮮明で、
集中している私達の耳に容赦なく突き刺さってくるのだ。
仕事中に流れてくるそんな彼のビブラートを、ナオミと私はなんとなく不快に感じていた。
「なんで仕事中に聞くとこんなに気持ち悪いのかしら。平井堅」
私とナオミは“そうそう”とうなずき合った。


今日は家計簿の締めの日だ。
私が消費した食料品や酒代や日用品やマンガや、ムダに使ったお金を帳簿に記録し、
その後の生活に活かすためナオミは長い時間かけて
私とともにレシートやメモの切れ端などをかき集め
パソコンにデータ入力してくれている。
すべて私のためなのだ。
なんて健気でいじらしいお毛々だろう。
私は彼女らを誇りに思う。

「お茶にしよう」

ナオミはそう言うと台所に行き、自分で買ってきたアールグレイの缶を開けた。
外は快晴。
雀の鳴き声と子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。
すでにクーラーいらずの室内に沸騰するお湯の音がコポコポとのどかに響く。


そんなのどかな日常と静寂は、廊下に響く男のお毛々達の荒々しい靴音でかき消された。

「たけしさん、大変だ!!」

古井がノックもなしに私の部屋のドアを開けた。
それに引き続いてフラフラと歩く痩せ男が1人と、
2人の男に抱きかかえられた男の計5人のお毛々が私の部屋へとなだれこんできた。
2人の男の肩を離れた男は、自由になるなりうずくまり指をしゃぶっている。
見ると、その指をしゃぶっている男と痩せ男の2人は、
2日前ケンジに同行してマサヒコのヤツを“シメ”に出かけた男達だ。
古井の話によるとケンジとこの2人は、
2日前マサヒコのところへ出かけたところを何者かに拉致され、
拷問された挙げ句ケンジを残して釈放されたらしい。
指をしゃぶっている男はそのショックから気がふれてしまったようだ。

「これを見てください」

そう言うと古井は私に1枚のCD-ROMを渡した。
「こいつらが解放された時にヤツらに手渡されたものです」
古井はナオミを部屋の外へ出すとCDをパソコンに挿入した。
どこかの建物の地下のような暗い部屋が映し出され、
そこには数人のイカツい男達とイスに縛り付けられたケンジがいた。
ケンジはグッタリと頭を垂らし、頭から伸びる極太のお毛々はすっかり色褪せて、
くすんだ色に変色したシャツの上でヘロヘロにしなびていた。

「ケンジ!!」

そして画面が暗くなったと思うと、今度は画面一杯に1人の気取った身なりの男が映し出された。
左手には金色のロレックスに黒服・・・マサヒコだった。

「キサマ・・、マサヒコ!!」

マサヒコはヘラヘラ笑いながら画面に向かってツラツラとしゃべり始めた。


「よう、たけしさん。久しぶりだね。
みんなあんたが悪いんだ、たけしさん。
あんた、オレのこと消そうとしただろ?
全く自分の体のお毛々を抜いちまおうなんて親のすることじゃないぜ。
ホントはオレがこいつらいたぶってやりたかったんだけどな、
そのへんはプロに任せたよ。
これに懲りてオレに手出しするの止めるんだな。
ケンジはもう少しの間お仕置きしてから帰してやるよ。
昔の恨みもあるんでね。
フフフ、もっともそっちにケンジが帰れた時には
またあんたの地肌で元気に生え続けられるかどうかわかんないけどね。
じゃあ、さよならたけしさん。
糞でも食らいな!!」


映像は終わった。


「あいつら・・あいつら、ケンジの体を脱毛テープでひっこ抜こうとしたんだ。
ケンジの体が頑丈でたけしさんの体からなかなか抜けないと分かるや、
今度は・・・今度は油とり紙で!
油とり紙でケンジの体中の油分を吸い取り出しやがったんだ!!」


痩せ男はブルブルと震えながら叫んだ。
・・・なるほど・・。昨日私の乳首がチクチクしてたのはこのせいだったのだ。

「ちくしょう! あいつら人間・・・いや、お毛々じゃねぇ!!
 あんなのマトモなお毛々のすることじゃねぇ!!」


痩せ男は震えながら拳をきつく握りしめながら言った。
「・・・ひでぇことしやがる・・・・」
一同は静寂の中つぶやいた。
その時うずくまって指をしゃぶっていた男が叫び出す。

「うばしゃうーーーーーー!!」

CDの映像を見て何かを思い出したのか。
「そいつを部屋の外へ連れ出せ!!」
すっかり気がふれた指しゃぶり男は2人の男達に部屋の外へと連れ出された。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
指しゃぶり男の声が廊下に遠のいていく。

かわいそうに・・・よほどヒドい目にあわされたのだ。


その時電話が鳴った。
受話器を取ると向こうからはいけすかない響きの声が聞こえてきた。
「どう? 荷物は見てくれたかなぁ、たけしさん?」
「マサヒコ貴様!!」
「最後に直に喋っときたくてね」

「殺してやる!! オマエをオレの乳首地区から消し去ってやる!! 抹殺してやる!!」

「ああ、そうそう。オレ、もうそこ(乳首地帯)にはいないよ。ここは脇毛地区さ。
もうそんなまばらにしか生えない、ちっぽけな場所とはおさらばしてやるよ。」
「どこに行っても探してやるぞ! おまえはもう終わりだ!!」
「ははぁ!! 出来るのか? 来れるならここまで来るがいいさ。
 でもな、いつもオマエを助けてくれるやさしいお毛々シスターズなんかここにはいないぞ」

「親を甘くみるな!」

私は受話器を壁に叩きつけた。


「たけしさん、大変なことになりました・・・」
古井がつぶやいた。
体中が小刻みにブルブルと震えている。
そりゃそうである。
彼ら彼女らお毛々にとって体の油分を奪われることは耐え難い苦痛なのだ。
ましてや根本からひっこ抜かれるなど最大級の屈辱だ。
私はその屈辱をマサヒコに与えようとしていたのだ。


「脇毛地区か・・・。確かに大変なことになった・・・」

しかめっ面の私は破壊した受話器を握りしめてつぶやいた。

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