■お毛々シスターズ♯12 カツヒロ

「♪薄紅ノコスモスガ 秋ノ日ノ 何気ナイ陽ダマリニ 揺レテイル♪」

アンドリューはナタでジャングルの木々をナタで切り分け、
道を作りながらあいかわらず呑気に歌を歌っている。
今日の歌はなんだか陰気な曲だ。


私はお毛々田無の陽田に愛想を尽かし、ケンジ救出のために
再びアンドリューを連れて脇毛地区へと旅立った。
今回は身支度もそこそこに急いで自宅を飛び出した。

ケンジは無事だろうか・・・。
私が青龍会の毒蛇の毒に倒れてから既に一週間が経過してるのだ。


「♪コンナ小春日和ノォ 穏ヤカナ日ハァ アナタノ優シサガ 沁ミテクルゥ〜♪」

・・・・ひょっとして“秋桜”か?音程がはずれてるからわからなかった・・。


「アンドリューよ・・・」

「ハイ?」

「鼻歌歌うにはちょっと陰気な曲だよな・・」

「ヤッパリ、ソウデスカ?」

「こんなムシムシしたとこだし、せめて気分が明るくなるようなのにしてくれよ」

「アノ、タケシサン、スイマセン」

「ん?」
「コノ歌ノ意味ハ、ヨクワカリマセン」

「・・・ん? ああ、おまえには難しいのか。
そうだな・・・。縁側で年老いた母親とその娘が日向ぼっこしてるんだ。娘は明日嫁いでいく」

「“嫁いでいく”ッテ、ナンデスカ?」

「結婚して嫁に行くことだよ。
で、2人が暮らす最後の日に、愛するわが娘に母が娘の想い出をしみじみとかみしめてるわけだ。
母は年老いてすっかり弱々しくなって、娘に差し出す手もシワシワなんだよ」

「ソンナトコ、歌ノ中ニナイデスヨ?」

「うん、でも多分そんな情景なんだ。娘は年老いた母を見て、感謝の気持ちと寂しさでいっぱいになる。
2人で過ごす残された時間が名残惜しくなるんだ」

「歳トルト、ナンデ寂シクナルンデスカ?」

「人間は楽しかった思い出がいつまでも続いてほしいと思うからだよ」

「ワタシニハ、ワカリマセン」

「みんなそれがいつまでも続くと信じてるけど、でもそれは幻なんだ。
だからこういう歌ができる。実感できるやつは感動できる」

「ワタシニハ理解デキマセン」

「そうか」

「デモ、イイメロディデス。カナシイケドイイ曲デス」

「そうだな」

「秋桜ッテ、ドンナ桜デスカ?」

「アンドリュー、コスモスだ。あれは“コスモス”って読むんだ。歌の中にあっただろ」

「ソウデスカ」

「さだまさしってやつが作った曲だ」

「サダマサシッテ、誰デスカ?」

「ロバのガイコツみたいな顔してるが歌はいい。すごくいい。ヒットしたのは山口の百恵ちゃんだ」

「山口百恵ッテ誰ですか?」

「主婦だよ」

「主婦デスカ?」

「うん」

アンドリューはブンと小さく電子音をたてて頷いた。

「コスモスの花が咲き乱れるガーデンがある。季節が来たら連れてってやるよ」

「楽シミデス」
アンドリューは目前にたちふさがるツタや枝をナタでなぎ払いながら、
“百恵ちゃん、百恵ちゃん”と何度もつぶやいた。


「ホント、蒸れるよな」

「ジャングルデスカラネ」

私はしきりに顔にたかってくるコガネムシほどの大きさもあるハエを手で払った。
自分の体の上とはいえ、なんともうっとうしい場所だ。
ムシムシとした湿気と熱気。そしてすえたようなこの臭気。
私は自分の体臭を恥じた。
早くここを離れたかった。青龍会の根城まであとどのくらいだろうか。

「タケシサン」

「ん?」

「私ガ死ンダラ悲シンデクレマスカ?」

「何言ってんだ」



そういえば、さっきから耳の中がムズムズする。
日課の耳かきの時間だ。
私は毎日耳かきをしないと耳の中がムズムズするのだ。

「アンドリュー、耳かきおまえのナップに入ってるか?」

「ハイ」

「とってくれ」

「ダメデス」

「なんで」

「耳カキハ、ワタシノ腹部トレーニ入ッテマス」

「じゃ、出してくれよ」

「ダカラ、ダメデス」

「なんで」

「電池切レテルノデ、腹部トレーハ開キマセン」

「なんだよ、トレーの開閉は電池式か。ローソンで電池買わなかったのか!」

「オヤツノジッポ・オイル買ッタノデ、オ金ナクナリマシタ」

「金のかかるやつだな! オレの耳かき、どうすんだ!!」

その時、前方から誰かの声が響いた。
「おい、助けろよ」

枝をかきわけ先に進むと、見知らぬ若い男が下半身を地面に埋めたままこちらを見ていた。
「おい、おっさん。オレを助けろ」

男は垢沼に体を捕らわれてしまっているようだ。
垢沼とは私の体にこびりついた垢の固まりのことだ。
これに捕らわれると自力で抜け出すのは困難だ。
私とアンドリューは彼の腕を持って、垢沼から引きずり出した。
垢はズボズボと嫌な音を立てて彼の体を解放した。

「ふぅ・・ヤバかったぜ。あんたらが来てくれて助かったよ」
男は胸ポケットからタバコを取り出しくわえた。
ジッポのライターで派手に音を立てて火をつけるとうまそうに煙を深く吸い込んだ。

「おまえ、こんなとこで何やってたんだ?」

男は大きくうなずき、深く煙を吐き出しながら答えた。
「タマムシだよ」

見ると男の脇には虫籠が転がっていた。
虫籠の中には虹色に輝くタマムシがわんさかと集められていた。

「高く売れるんだ。こいつを集めに来てたんだが、うっかりこいつに足を取られてな」

「ふぅん・・」

タマムシを直に見るのは小学生の時以来だ。
単体だときらびやかなのに、虫籠の中でひしめくタマムシの群れは緑色のゴキブリみたいで、
なんだかおぞましかった。

「日本には203種類のタマムシが生息していて、そのなかの80種類くらいは福島県にいるんだ。
だからここでは珍しいんだぜ。しかもこいつは更に珍しいサビナカボソタマムシって種類だ」
男はうれしそうにまくしたてた。


男は、急ぐ私達についてきた。

「なぁ、オッサン。ペンギンって知ってるか?」

「・・・“オッサン”・・」

「ペンギンってのはな、足の半分が体の中に隠れてるんだ」

「言ってる意味がわからんが・・」

「だからペンギンだよ。ペンギンってのは人間みたいに膝から上もちゃんとあるんだ。
でも膝から上の部分ってのは体の中に埋まってるんだ。あいつらヒョコヒョコ歩くだろ?
あれはな、体の中でちょうど膝かかえて体育座りしてるような状態なんだよな」

「どこで聞いたんだ?」

「高校の時の修学旅行でオーストラリア行ったんだ。
海の岩場で海眺めてるとペンギンがうようよ上がって来てな。
そこでセンコーが得意気にレクチャーしてくれたぜ」


見た目はいきがった高校生くらいの男だが、動物とか虫が大好きなようだ。
タマムシやペンギンについて話す時の男の瞳はキラキラしていた。

「なあ、あんた。青龍会に行くのか? あんた、あんなとこに何の用?」

「・・いや、ちょっとな」

「じゃ地下を通っていこう。助けてくれたお礼だ」

「地下??」

「ああ、そうだよ。来いよ」

男はそう言うと、私達を1本の巨木の元まで案内した。
男が不自然なクリーム色をしたその巨木の幹の中央部を押すと
幹はまっぷたつに割れて中から通路が現れた。
明るい照明に照らされたその通路は地下へと続いていた。


私達は他に乗客がいない小さな電車に乗っていた。運転手はいないので男が運転している。

「これはオレたちだけの地下鉄だよ。オヤジがつくった“私用地下鉄”だ」

「ひょっとして、おまえ金持ちなの?」

「まぁね。あんた、ひょっとして、たけしだろ?」

「・・・そうだよ」

「あんた、一時猫飼ってたろ。ノミ湧いたことあるだろ?
あの時このへんはえらいことになってたんだぜ。
オレ達お毛々の仲間の多くがあいつらに襲われてなぁ。
体中の血を一気に吸い取られるんだよ。
あちこちに干からびた梅干しみたいな死体がゴロゴロ転がってたんだぜ?」

「す・・すまんな・・」

「ノミとり首輪くらい付けんと」
電車は地下の鉄道をゆっくりと進んでいく。


「たけし、その捕まった友達っていうのだけどな」

「ああ」

「オヤジに言ってなんとかしてもらおう」

「・・・何者なんだ、おまえのオヤジってのは?」

「青龍会の幹部だよ」
男はニッコリ笑った。

私とアンドリューはお互いの顔を見合わせた。

「オレの名前は前田勝洋。カツヒロだよ」



勝洋は電車のレバーを上げ加速させた。
虫籠に入ったタマムシを興味深げに見入るアンドリューに勝洋が瞳を輝かせながら言った。

「きれいだろ?」

たった3人の乗客を乗せた小さな電車が静まりかえったトンネルの闇を切り裂いていった。

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