■眉毛のない女4

再び乱入

今日の夜の空気はなんだかジメジメとしている。
雨こそ降らないものの体にまとわりつくような湿気が気持ち悪い。
「このCD買うたんか?」
「ん? うん?」
今夜は彼女が来ている。
「あたしコレ持ってるから貸したげたのに」
「いや、欲しかったんや」
「お金もったいないやん。もう・・お金貯めな」
「趣味やから。・・コーヒー入れるけど」
「うん」
私は台所に行き湯を沸かす。
「オレん家クリープないで」
「かまへんよぅ」
彼女は私の本棚にある山のようにあるCDを物色しながら、
台所で湯の沸くのを立ったまま待つ私に話しかける。
その時呼び鈴が鳴る。

ピンポーン

「はーい」
私はドアを開ける。
そこにはまたあのおばちゃんが立っていた。
この間と同じく日本酒の一升瓶を持っている。
やはり酔っているらしく、息は酒臭く体は左右にユ〜ラユ〜ラ揺れている。

「来たで〜」

おばちゃんは「待たせたな」と言わんばかりの口調で陽気に言う。
「飲もや」
「あの・・・おばちゃん、困るんやけどな」
「何が? たまには飲んでストレス発散せんと」
「ええよ。ストレス溜まってないもん」
「まぁ、そんなん言わんと。入れてぇな」
「困るて」
「誰か居るんかぁ?」
「え? うん。そう」
「誰ぇ?」
おばちゃんは頭をドアの中に入れて奥を覗きこもうとする。
奥で彼女が心配そうにこっちを見ている。

「なんや。彼女かいな」
「まあ、そうです」
「ちょうどええがな。彼女も一緒に飲んだらええがな」
「何言うとんですか。あかんて」
「コップくらいあるやろ」
「コップとか・・・何言うてるんですか」
「ちょっとだけ。なっ」
「ちょっと。困るんですって。自分ち帰ってくださいよ!」
「家誰もおらんねん。なぁ、飲もや」
「彼女おるから・・・。困るんやて」
「彼女彼女て、ええなぁ兄ちゃんは」
「な? 帰りや」
「ウチな、さみしいんや〜。ちょっとぐらいかまんやんか」
ラチがあかないので私はおばちゃんの両肩をそっと押してドアの外に出てもらう。
「あんまり酒ばっか飲んだらあかんで」
私はそう言うとドアを閉めて鍵をかける。

「な〜〜・・・う〜〜・・・ヒック・・・」
外でおばちゃんがブツブツつぶやく声が聞こえる。

「・・・ヒック・・・まったく・・・どいつもこいつも・・・ろかい・・ウチが・・・ヒック・・・おんどら・・・どうせ・・・からな・・・」

そしてドアを軽く蹴る音がした後、階段を不規則に歩く音が遠ざかっていく。
私はハーと溜息をつくと彼女の側に行く。
「誰やったん?」
心配そうに私の顔をのぞきこむ彼女は聞く。
「・・・こないだの電話の時の酔っ払い・・・」

その日の深夜、下の階の1室からドスドスという音と「ウッ」という男のうめき声が聞こえてきた。
あと物が落ちて壊れる音も。

そしてその数日後、おばちゃんはまたやって来た。
今度はかなり酔っているらしく、目はトロンとして顔は真っ赤でいつもよりフラフラとしている。
「今までのやりとりはなかったもの」とばかりに、また同じ会話が繰り返されるのだ。

「飲もうや」
「またかい。なんべんも断っとるやんか」
「なんであかんの?」
「帰ってくれや」

その時今までニコニコしてばかりだったおばちゃんの顔と目つきが豹変した。
そしておもむろに私に向かって大声で叫ぶ。

「帰らへんで !」

「??」

私はそれまでのおばちゃんの温厚な態度が急変したことにギョッとする。
おばちゃんは溜めていたものを一気に吹き出したようにまくしたてる。

「なんやねん、オマエ何様やねん!
 
ウチの酒がなんで飲めんねん!
 なんでや! うちがオバンやからか!」


私は恐ろしくなってドアをしめようとしたところを、おばちゃんは自分の靴をドアにはさむ。
そして鬼のような形相で私を睨む。
まるで親の敵か何かのように。
チェーンをしてあるのでその以上は開かないが、閉めることもできなくなってしまった。

「なんや、ドケチ! 一緒に飲むぐらいなんででけんねん!!」



あの目・・・普段笑っている時からどこか恐ろしく冷たい印象だった。
笑っていても目だけは冷静で冷たくこちらを見据えていた。
そしてその笑顔さえなくなった時のあの表情・・・
卑屈で、陰湿で、凶悪な、まるで獣の目だった。

「なんやねん、下手に出たらええ気になりやがって!
    開けぃや!! 殺したる!!」


完全に締め切ることの出来ないドアの隙間からおばちゃんが
ありったけの罵声を私に浴びせかけ、ドアを激しく蹴り続けている。
これだけ騒いでいるのに誰もマンションの住人が出てこない・・・。

私はふとんにくるまり耳を押さえ、恐怖にぶるぶると震えた。



5に続く

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