■眉毛のない女3

「今度にいちゃんの部屋に遊びに行ってええか?」

「え・・・?」

いつもの朝のように、マンションの前でおばちゃんと鉢合わせた時は、
いつも少しだけ・・ほんの少しだけしゃべっていたのだが、
どうやら私に好感を持っているらしく、そんなことを言ってきたのだ。
突然のおばちゃんの言葉に私はどう答えていいか分からなかった。
たまにしゃべるとは言ってもそれほどよく知った仲ではないし気味が悪い。
第一普通に考えて、あまり来てほしくない。
「いや・・・ああ・・また今度・・・」
と、もごもご答える私の返事を待つまでもなく、おばちゃんはいつものように仕事に向かった。

「お兄ちゃん、ほんじゃな」
「あ、いってらっしゃい・・」

なんだ、只の社交辞令みたいなもんか。あたふたしてバカみたいだったな・・。

夜、仕事が終わりマンションの階段を上がっていく。
私は思わずつぶやいた。

「うわ! なんだこりゃ・・・」

階段の途中に血の滴が点々としていた。
その側にはむしられたような髪の毛があちこちに散らばっている。

そしてまた別の夜。
「いや、違うて。最近疲れててな・・・」
私は、私の体調を心配してかけてきた彼女と電話で話していた。
「日曜は仕事やな・・・。火曜は休みやから夕方から遊びにいくか?」
最近会っていない彼女とデートの約束をすると、いつも通りのよもやま話を始める。
その時家の呼び鈴が鳴る。

ピンポーン

「・・あ、誰か来たよ。ちょっと待っとって」
私は電話を置き、ドアに行き開ける。
そこには日本酒の一升瓶を片手に持ったおばちゃんが立っていた。

「おにいちゃん、一緒に飲まへんか〜?」

酔っ払っているようで体が左右にユ〜ラユ〜ラ揺れている。ものすごく酒臭い。
まさか本当に来るとは・・・・。

「おにいちゃん一人かぁ?」
「え・・? ああ・・・いや、今ちょっと・・・」
「ん? 誰か居るんか?」
「いや、電話中なんですよ」
「ああ、かまへん。かまへん。中で終わるまで待っとるわ」
「・・いや、そら困るわ」
「なんでやのん。ちょっとぐらいかまへんやんか」
おばちゃんはドアから頭を入れて部屋の中を覗き込む。

「誰か居るんか?」
「ごめん、おばちゃん。オレ電話中なんやわ」
「ちょっとぐらいええやんか」
「いや、あかんから」
「そんなん言いないな。コップあるか?」
「いや、やから飲まんて」
「なんでぇ?」
「そんなんいきなり酒瓶持って来られても困るんや」
「ああ? そうやな、悪かったわ。まぁ、ええから入れてや」
「あかんて。悪いけど帰ってえや」
「飲まへんのか?」
「旦那さん居るやんか。そんなんしてたらあかんやん」
「ええねん。あんなデクノボウほっといたらええねん」
「ご近所さんにも迷惑やから。な、帰りぃや」
「ほうかぁ? ・・・じゃ、また今度来るわ」
おばちゃんはなんとか諦めたようだ。

「にいちゃんも思たより冷たいなぁ・・・」
おばちゃんは帰り際にポツリと吐き捨てると帰っていった。


私は電話をとると待たせていた彼女にあやまる。
「すまんすまん。お客さんや」
「誰やったん?」

「・・・近所の酔っぱらいや」

2階の若い夫婦が引っ越しをするようだ。
大きなトラックがマンションの前に止まっていた。



4に続く

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