チャプター9

 

●前回までのあらすじ
バレリーはホッファの手下に捕獲されてしまう。
一方、ジョンは逃亡したリザードマンを追って地下道へ入っていった。
ドナヒューがその追跡を妨害をする。
ドナヒューの放った4基のシーカーはジョンを捕獲せんと後を追う。
そして、水路を決壊させたリザードマンによって、
ジョンは押し寄せる激流に飲み込まれてしまう。




ゆっくりとバレリーの視界から霧が引いていった。
暗いオレンジ色の照明に包まれた天井が目に映った。
ベッドの白いシーツの上だ。
体の自由が利かない。
腕も足も微かに動くがどうやら立てそうにない。
頭もぼんやりしている。
確か黒服の男に腹を殴られ気を失って・・。


動きのにぶい首を動かして反対方向を見ると、
そこにはホッファがいた。
ホッファはバレリーの横たわるベッドの端に腰掛け、
タバコをふかしながら、じっとバレリーを見ていた。
甘ったるいバニラの香りが、一層バレリーの気分を悪くした。


「“ここはどこ?”って言うんだろう? ここはな、オレ達の根城だ。
 おまえは悪〜い警官に捕まってここに連れてこられたのさ。」

バレリーは自由のきかない体にイラ立ちながらホッファを見据えた。

「・・・あたしをどうする気?」

「まぁ、そうだな。妥当だな。
 それが自由のきかない人間の第一声だな。
 ふむ・・・、オレを狙ってるのが誰か知りたくてな。
 あの時の女・・・あの科学者の女だよな?
 敵討ちのつもりなのか?」


バレリーは叫んだ。
「殺すんなら早く殺せ・・」
叫んだつもりだったが、麻酔の効いた体から出たのは蚊のなくような声だった。

「相棒がオマエに興味あるみたいでな。あいつは売女が大好きなんだ。
 特にオマエみたいなムンムンな女に弱い。まあ・・ちょっと変態なんだがな。
 いや、念のために言っとくが、おまえ達の仕事に偏見はない。」
ホッファは側の大理石の灰皿でタバコをもみ消した。

「“雪の女王と夏の王”の話を知ってるか?」

バレリーは黙ってホッファを見据えている。
ホッファは続けた。
「その女王というのは氷の国(アイスランド)に住んでた。
 そして王のほうは太陽の島(アイル・オブ・サン)に住んでいて、冬を見たことがなかった。
 王の島の人民は夏の暑さで死にそうになり、
 雪の女王の国の人民は冬の寒さで死にそうになってた。
 ところが2つの国の人民は救われた。
 雪の女王と太陽の王が出会って恋に落ちたんだ。
 夏になり島の人々が暑さで死にそうになると、北の氷の国に移住して快適な夏を過ごす。
 冬になり北の人々が雪のために死にそうになると、
 雪の女王の人民は南へ移動し、暖かい太陽の島で暮らす。
 そうして、二つの国民、二つの国家ではなくなり、
 ひとつの民族として、移住しあって厳しい季節を避けた」
ホッファはしばらくバレリーの瞳を見つめた後、フッと笑った。

「ああ、オレの故郷の出で立ちの話だ。」


「オレはおまえのことをよく覚えている。
 正直あの科学者の男をうらやましいと思ったよ。
 オレはおまえみたいに気が強くて愛情深い女が好きだ。
 残念だよ。
 出会う場所が違っていたならオレたちも雪の女王と夏の王になれたかもしれんよ」
ホッファは微笑するとバレリーの額の髪をかき上げ、やさしく撫でた。
自由のきかないバレリーの頭はホッファの腕を振り払うことができない。
唇をかみしめ、涙をあふれさせた目でホッファを睨むことしかできなかった。


「・・・フフ、無理だろうな。
 ひとつになったはずの国も結局は争いあって殺し合うんだよ。
 それは想像を絶する醜さと凄惨さだよ。
 オレの国がそうだった。」
ホッファはゆっくりベッドから腰を上げて立ち上がった。

「そんなにオレが憎いか?」

バレリーはホッファの顔から目を逸らさない。
「正直相棒がおまえに何をするのか、オレはわからん。
 “殺すな”とは言っているが、
 それを守るかどうかもわからん。
 もしおまえがオレにお願いするなら、相棒に会わすのを止めてやってもいい。」
バレリーは眉間にシワをよせて首を横に何度も振った。


「・・・そうか。じゃあこの状況から抜け出してみろ。
 おまえにはもう一度チャンスをやる。
 オレはこれから少しの間ここを出ていく。もう少しすればおまえの体から麻酔も引くだろう。
 オレと入れ替わりに相棒がこの部屋に来るが、それ以外の男達はここから離れた部屋にいる。
 もう一人のお客を接待するからな。
 だからオレの相棒から逃れられるなら、なんとか逃げることもできるだろう。
 あいつは残忍で凶暴だが、女遊びの時はバカだからな。
 ここを抜け出すことが出来たならもう一度だけ相手してやろう。そのかわり−」

「今度しくじったらおまえを殺す」

ホッファはそう言うと部屋から出ていった。



バレリーは身動きのとれない体をなんとか動かそうとしてみた。
無駄だった。
バレリーは呼吸を荒げ、目をきつく閉じた。






ぐしょ濡れの衣服から水がしたたり落ちる。
激流を逃れ、マンホールから出たところは車道だったので
もう少しで頭をスライスされるところだった。
特殊ゴム製のコートはともかく、
他の衣類にたっぷりと染みこんだ水の重さと不快感はなかなかのものだった。
水浸しになった靴は、歩くたびにガッポガッポとマヌケな音を立てた。


ジョンはコートのポケットからタバコの箱を取り出す。
取り出そうとしたタバコは水でぐしゃぐしゃに濡れていた。
ジョンはタバコの箱を投げ捨てた。


「ほらよ」

目の前に現れた男がタバコの箱を差し出す。
「こだわらんならな、銘柄に。」
ドナヒューだった。
ドナヒューはもう一人の警官と一緒に立っていた。
ジョンは答えた。
「そんな上等なタバコは遠慮しとくよ、おまわりさん」

「そうか」
ドナヒューは差し出したタバコを自分でくわえて、金色に輝くライターで火を点けた。
「時に、いいのか、ゆっくりしてて? さらわれたぞ、おまえのお友達が」
「友達って誰だ?」
「狙ってた女だ、ホッファを。」
「関係ないな。それに友達でもないですよ」
「まあいい。伝えただけだ。」



「賞金稼ぎだってな。いつまでいる気なんだ、この街には?」
「仕事が終わるまでですよ」

「聞けよ、こわっぱが。目障りなんだよ、おまえのようなチンピラ共が。
 仕事はよそでやれ、この街以外で。」

「残念ながら場所を選べないんでね。すぐに出ていきますよ。居場所が分かってるからな」
ジョンはドナヒューに背を向け、
水に浸った靴でガッポガッポと音をさせながら歩き出した。



ドナヒューはあたりを見回す。
そしてポケットからスタンロッドを取り出した。
ジョンの後頭部に押しつける。
青い閃光が走る。

「けっ、警部、何してるんですか!?」

ジョンの体は小刻みに震え、地面に崩れ落ちた。
「コートは防電だったよな」
ドナヒューは倒れたジョンの横にかがみ込むと、後頭部に更に電撃を浴びせる。
「・・・警部・・」
あまりに長いスタンに付き添いの警官が制止する。
「よく染み渡るだろう、電気が。濡れてるからな、水に。」
ドナヒューは聞こえていないようにスタンロッドをジョンの後頭部から離さない。
「・・・ドナヒュー警部・・」
ジョンの体はオモチャのようにガクガクと震えている。
「・・・警部! 死んじゃいますよ!」


その時短いサイレンが鳴った。
ドナヒューの背後をエアパトカーがスチームを吹きながらゆっくりと地上に降りてきた。

「ちっ、邪魔が入ったか」

恨めしそうにエアパトカーを見た。
エアパトカーのスピーカーからの声が言った。
「事件ですか?」

「不法入国(この場合地球への)だ」
「警部、星間移民局に連行しますか?」
「オレが連行する。いいぞ、行っていい」
エアパトカーは再び白いスチームを噴射して静かに上昇していった。



「おい、新入り。運ぶぞ」
「・・・え、警部。星間移民局までですか?」
「誰が行くんだ、そんな遠いとこに。いいからつめろ、車に」
そう言ったドナヒューの目に、今度は一人の黒人の男の姿が目に入った。



男は早足で近付いてくる。
その男は二人を指さし叫んだ。

「お・・おい。そ、その男をはっ、離すんだ!」

レディ・カムナの側近であるボブだった。
滑稽であった。
障害のためとはいえボブのしゃべる言葉は緊張した場に不似合いだ。
ドナヒューは舌打ちした。

「ちっ、また来やがった、ヘンなのが・・」

「そっ、その男に構うな」

ドナヒューはうんざりしたように懐から拳銃を取り出すと
間髪入れずに2発撃った。

「けっ、警部!!」

銃弾は2発とも腹部に命中した。
ボブは脇から銃を抜く間もなくそのまま崩れ落ちた。
ドナヒューは冷ややかな目でボブを見下ろしつぶやく。

「どうしたってんだ、チンピラの一人や二人。」

新米警官は予期せぬ出来事に顔が青ざめ体が震えた。
「警官だぞ? オレもおまえも。問題ないんだ、な〜んにもな。」



ドナヒューは脇に倒れているジョンに目線を移すと静かに笑った。

「・・・しかしパーになっちまうな、こんなとこ(頭)に当てると、電気を。」



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