チャプター8

 

●前回までのあらすじ
街は祭で賑わっている。
バレリーはディスク奪還のためリザードマンに接触するが失敗、
逆に捕らわれてしまう。
そんなバレリーを救ったのは賞金稼ぎのジョンだ。
格闘の末、リザードマンは逃亡した。
ジョンはディスクをかすめ取り、強引に自分の物とした。




賞金稼ぎにディスクは持ち去られてしまった。
あっという間に姿を消してしまった。
賞金稼ぎの言うことは確かに的を得ている。
ロイドの復讐を誓ったものの、
今まで人を殺したことはもちろんあるはずもなく、
それはおろか銃を撃ったことも
握ったことさえなかったのだ。
ましてや相手は凶悪な犯罪者で何人も仲間がいる。
そんなヤツらを相手に一人で立ち向かおうということ自体ナンセンスなのだ。
しかし、もしホッファの懐に飛び込むことが出来るなら
刺し違える覚悟=自分の命を犠牲にしてもよかった。
あいつの命を奪うことさえできれば・・・。


街を歩くバレリーは2人の黒服の男に気がついた。
人混みの中で視線は明らかに自分のほうに向けられていた。
2人の男には見覚えがあった。
狙撃の時にホッファと一緒にいたし、ホテルを襲撃してきた時のメンバーの中にもいた。
パープルとグリーンは人混みを掻き分け、ゆっくりとバレリーのほうに歩み寄っている。

バレリーは反転しようとした。
が、そこにはホワイトがすでに待ち構えていた。

ホワイトはバレリーのみぞおちに拳を叩き込んだ。
“うっ”と小さく呻いてバレリーは意識を失った。
パープルとグリーンはバレリーの体を支え、
人混みの中を引きづっていった。






「いくらだ?」
ホッファは屋台の少年に小銭を渡すと、串に刺した薫製肉に食らいついた。
「そうか、パパの手伝いか。感心な子だな。」
ホッファはモシャモシャと肉を頬張りながら笑顔で言った。
少年はニコリと微笑みうなずいた。
「じゃあパパに言っとけ。もっとマシな肉を売れってな」
少年はとたんに泣き顔になった。
ホッファは、バレリーを二人で抱えて歩いてくるパープル達3人を確認すると
食べかけの薫製肉を、屋台のソース入れ容器の中に捨てた。






ジョンはGPSの赤いシグナルを頼りにリザードマンを追った。
祭で賑わっている人混みからは離れた。
雑踏の中での追跡は危険である。
一般市民が巻き添えを食う恐れがあるからだ。


“長距離走は苦手なんだが”

少し息を切らしていた。
タバコを止めればきっとラクになるに違いない。
真っ黒な色をしているであろう自分の肺の色のことを考えると
やっぱり止めたほうがいいのだろう。
彼のチェーンスモーカーぶりにはナオミも眉をひそめるし、
度々禁煙を要求したりもする。
だがもちろん彼は止めるつもりはさらさらなかった。
彼自身もナオミも知っているのだ。
彼はタバコの箱を棺の中にまで持っていくだろう。


ジョンは車の往来もまばらな車道を横切ると、小さな路地へと入っていった。






リザードマンは息を整えながら、
人気もまばらになった小さな通りでゆっくりと立ち止まった。
彼は、賞金稼ぎが何故追ってこないのかを不思議に思った。


“賞金稼ぎに出くわしたら自分一人で始末するつもりだったが、
 今の短い時間での闘いの感触からすると、なかなか手強い相手のようだ。
 殺れたとしてもそれは簡単じゃないだろう。
 こりゃ、予定通り“ヤツ”の助けを借りたほうがいいか。
 ・・・・高い金払ってるんだからな”


リザードマンが上空を見上げると大きなバルーンが宙を浮いていた。
バルーンのイルミネーションには“50年祭”の文字が流れていた。

「出来て50年にもなるのか、このクソ市街は」


リザードマンは地下へと続く階段を降りていった。








薄暗い路地でエアパトカーが地上に停車していた。
車内に戻ってきたドナヒューが、運転席でモニターを見つめる新米警官に話しかける。

「どうだ?」

「コートの男は指名手配犯を追って地下に入りました。」
「構うな、指名手配の男は。放っておけ、ヤツは。」
「は・・?追うんじゃないんですか?」
「コートの男だ、捕らえるのは。ヤツはいい。」
「何しでかしたんですか?」
「何でもいい。気にするな。従えばいい、言われたことに。」
新米警官はいぶかしげな表情をしたが指示に従うことにした。


「まずいな。カムナのシマか、こっから先は」
「・・・どうしますか?」

「銀玉を出せ」

ドナヒューの言う“銀玉”とはシーカーのことだ。
巡回のシーカーとは別に、パトカーにも4基常備されている。

「何基ですか?」
「全部だ。予備のやつも」

新米警官は端末を操作してシーカーを起動させる。
エアパトカーの後部のハッチが開き、細長いボックスをアームが押し出す。
ボックスが静かに地面に置かれると、中から4個のシーカーが出てきた。

「さあ、働いてこい」

4基のシーカーはしばらく地面の上をゴロゴロと転がると
宙を浮き上がり地下道へと向かった。
「1基は追尾モードにして、モニタリングさせろ」

モニターには地下道と前方で空中を進むシーカー3基がすぐに映し出された。






その地下道は地下水路に続いていた。
枝別れした狭い通路があちこちに向かって伸びていた。
白色の照明が先まで続いているため明るいが、
人気のない延々と続く通路にはリザードマンと後方に続くジョンの靴音だけが響き渡った。
後ろを振り返る。
耳を澄ますと一人の靴音が駆け足で迫ってくる。

「来たか」

リザードマンは3方向に分岐を左に曲がる。
しばらく奥を進むと、鍵のかかったドアを見つけた。
プレートの文字を確認すると、右腕でドアのノブを破壊し開けた。
更に奥へと走る。



ジョンは追跡を続けながら嫌な気分になった。

それはここが水路だと知ったからだ。
彼は水にはいい思い出がない。
何度も溺れかけ、何度も殺されそうになったのだ。
リザードマンを追って通路を左に曲がり、その先にあるドアをくぐると
どうやらその先が水源に続いてるいるらしいことを知った。
ジョンは更に嫌な気分になった。


その時、ジョンの背後からブーンという音と共に銀色の球体が現れた。
シーカーは人間の男の声で言った。

「武器を床に置き、止まりなさい」

ジョンはかまわず走り続けた。
更に2基のシーカーが後に続いて現れた。
シーカーの声は誰をモデルにしてるのか、皆同じ男の声だった。
人間の声はしているが、皆一様に同じ声と口調のため個性はなかった。

「繰り返します。武器を床に置き、止まりなさい」

3基のシーカーは同じ警告を同じ声で発した。
まるでエコーがかかってるようだ。

「警告します。それを無視した場合あなたを発砲します」

1基のシーカーの側面から小さな電極が現れた。
警告を無視するその男に1基のシーカーは電磁パルスを放った。
青白い光はジョンのコートに当たった。
だがジョンは何事もないように走り続ける。

“ブン?”

シーカーは仕留めたはずのターゲットが
何事もなかったように走り続けていることに首を傾げた。
・・いや、首をかしげる時のような声を出した。
そして残りの2基と一緒に一斉にパルスを放った。
3本の光は同じく男のコートに命中したが、男は平然と走り続けている。

“ブン! ブン?”

3基のシーカーは唸った。


ジョンは走りながらチラリと後方を振り返ると丸いサングラスを装着する。
そして、コートの内ポケットをさぐった。






「耐電コートか・・・」

エアパトカーの中でドナヒューはジョンの姿をモニタで追っていた。
その時モニターの、1基のシーカーから送られてくる映像が突然真っ白になった。

「警部、なんでしょうか、これは?」

ドナヒューは黙って画面を見つめた。
モニターの映像が元に戻ると、映像は横になっていた。
シーカーは床に横たわっているようだ。
モニタリングしていたシーカーが機能を回復したのか辺りを見渡すと
他の3基も同じように床に転がっていた。
ジョンの姿はそこにはなかった。

ドナヒューは画面を見つめたままつぶやいた。
「あのヤロウ、しやがったな、何か。」






ジョンは通路を更に走り続けていたが、その先の通路は更に3方向に分岐していた。
立ち止まりタバコを1本取り出し、口にくわえる。
GPSのシグナルを確認する。
赤いシグナルは消えていた。

“故障か、圏外か?”

ジョンは嫌な予感がした。
耳を澄ませてみる。
だが聞こえてくるのは水とポンプの作動する音だけだ。
天井から落ちた水滴がジョンの肩に落ちる。
壁でマッチを擦り火をつけ、タバコに近づける。
その指が止まった。
ジョンはあたりを見渡し、もう一度耳を澄ました。

“・・ん? 何かの音が・・”

遠くから微かな音がした。
その音は近付いてくる。
何か打ち付けるような音に地響きのような。
その音が徐々にこちらに迫ってきている・・・。

「・・ああ、ちくしょう。まただ!!」

ジョンは確信した。
水だ。
水が押し寄せてきている。
しかも大量の。


ジョンはタバコを吐き出した。
あわてて来た道へと走る。
しかし、荒れ狂う濁流はまたたく間に押し寄せ、
水位はあっという間に腰まで、胸までと達し、
ついにはジョンの体を飲み込み、押し流してしまった。
「ぶはっっ!!」
水面に顔を出したジョンは出口を探す。
が、次の瞬間目の前に黒い影が迫る。
水と共に押し流されてきたドラム缶はジョンの頭を捉える。
水中に再び没したジョンの体はどんどん激流に押し流されていく。




3基のシーカーは前方のただならぬ気配と物音に動きを止める。

「ブン?」

しばらく様子をうかがっていたシーカー達だが
自分達の身への危険を察知し、速やかに踵を返す。
その動きは迅速であったが、水の流れの方がそれを上回っていた。
3基のシーカーもまた激流に飲まれた。






「よし、よくやった」
リザードマンは貯水管理の作業員に言うと、突きつけていた銃を下ろす。
そしてさっさと出口へと向かった。



作業員は操作パネルの前で、イスにへたりこんだ。
こんな人なんか通りっこない地下で命の危険にさらされるなんて。
世の中に安全な場所なんてもうないのか??
突然管理室に飛び込んできた男に銃をつけつけられ、
小便をちびりそうになりながらも
殺されずには済んだ。
ほっとしていた。
無信仰な自分でも今日だけは神に感謝しよう。
今日は真っ直ぐ家に帰って女房に話そう。
女房に・・。


男はモニタから、大小のゴミが散乱し一面水浸しとなった通路を見つめた。
ここから流れた水がどこへ行くのかを考え、その惨状を想像した。
そしてこれからの厳しい現実を考えると男は目眩がしそうになった。


「・・・明日から仕事どうすりゃいいんだ・・・」







新米警官はシーカーのモニタリングした、映像の中のジョンを端末で照合していた。
後部座席でドナヒューがじっとモニタを睨み続けている。

「おい、わかったか?」
「・・今出ました」
ジョンのデータをドナヒューはしげしげと眺めた。


「こいつ、お抱えの賞金稼ぎだぞ、CO2コーポレーションの。
ウジ虫が・・。気にくわんな。
こいつら、どんどん仕事増やしてやがる。
どんどん嫌われいくってのによ、オレら(警官)は。
気にいらん。・・・気にいらんな。」


新米警官は外の騒ぎに気が付いた。
多くの人が一方向に見つめ、せわしげに噂しあっている。
人通りが増した通りはすぐに車が渋滞し、
祭の場所の雰囲気とはまた違う賑やかさに包まれた。
ドナヒューと新米警官が地上に停車しているエアパトカーの横を数人の男が駆け抜けていった。
頭上をサイレンと共に数台のパトカーとレスキューと救急隊の車両が通り過ぎる。


ドナヒューは新米警官に笑いかけるとつぶやいた。
「おまえ、よかったな。交通課じゃなくて。」






地下通路には廃材やゴミが散乱し、
流れる水はすっかり引き、水たまり程度の水量になっていた。
ゴミに混じってシーカーは地面に横たわっていた。
ゴロンと1回転したかと思うと一つ目に赤い光が点る。

「ブン!!」

4基のシーカーは同時に小さな起動音と唸り声を上げた。
そして何もなかったようにまた宙に浮かぶと
ドナヒューと新米警官の待つエアパトカーに戻っていった。


 

 

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