チャプター7

 

●前回までのあらすじ
バレリーは苦悩した。
相手が誰であれ、人を殺すということをためらい、恐怖した。
殺されたロイドとの思い出が、彼女を辛うじて奮い立たせていた。
一方、二日酔いで眠るジョンのもとにジャネットが訪れる。
ナオミからことずかった荷物をジョンに渡すと、
彼女はまずい手料理を残して部屋を立ち去った。




ホッファとグリーン、ホワイト、パープルの4人は大通りの方向に歩いていた。
先頭を歩いていたホッファとグリーンが通りを横切ろうとした時、
2人の前を一台の車が走り抜けた。
あやうく接触を免れたグリーンは舌打ちし叫ぶ。
「どご見て運転しでんだ!!」
既に視界から消え去った車に向かってパープルが言った。
「ありゃ、いつか誰かを轢き殺すぜ」
その車の外装には“ホワイトアロー”と書かれていた。


ホワイト・アロー・・・
マフィアが運営する宅配便。
そう聞くと引いてしまうが、
サービスがいい上に確実に素早く届け物を配達してくれるため人気は高く、
最近急速にシェアを広げつつある。
宅配便は市街地の細かく行き来するため、
エアカーを使うより地上を利用したほうが効率がいい。
なによりホワイト・アローのバイクや車には一般の車が道を空けるのだ。


大通りの方から芝居めいた口調でアナウンスが聞こえてきた。
歩を進める毎に人の数とざわめきが増し、
色鮮やかな装飾や垂れ幕、そして出店の菓子の甘い香りが漂ってくる。


「祭りはいい。ガキの頃を思い出すな」
ホッファはつぶやいた。
「なぁ、ホッファ。こんなのんびりしてていいのか? いつになったら仕事にかかる?」
「あわてるな。差し当たっては今夜だ。今夜2人のお客が来る。おまえらはその接待だ」
「誰だよ?」
「見てのお楽しみだ」



「パープルよ」
「ああ」
「昨日夢を見た」
「はぁ?」
「空を飛ぶ夢だ。オレは夢の中で空を飛んでた。」
ホッファは宙に浮かぶバルーンを眺めながらそう言った。

「・・・・いい兆候だといいな」
“自分の命が狙われてるのに呑気なもんだな。まるで他人事だぜ”
パープルはそう“心の中で”思った。






その頃、人ごみから離れた薄暗い路地。
リザードマンは後頭部に突きつけられた冷たい感触に気が付いた。
出店で買った特大の肉まんを一息に口の中に放り込む。
そしてゆっくり振り返る。

「よう、おまえか」

リザードマンは口をもしゃもしゃと動かしながら、背後の人影に向かって笑った。
バレリーは両手で構えた銃をリザードマンに突きつけて直立していた。
「銃を向ける相手を間違えてないか?」
「あんたには別の用事があるのよ」
リザードマンは振り返ったままの状態でバレリーを見た。
上から下までゆっくりとなめ回すように眺めた。
飾り気のない服装の上からでも、
その女の挑発的な体のラインと匂い立つような色気は瞬時にリザードマンを魅了した。
リザードマンは舌なめずりした。
その顔と仕草はまるで爬虫類のようであった。
バレリーは思わず身震いした。


「で、何の用だ?」
「ディスクを返して」
「なんでおまえがそれを知ってる?」
「あれはあたしの夫の物よ。返してもらうわ」
「ああ、おまえホッファが殺した男の女か」
リザードマンはゆっくりと体をバレリーの方に向けた。
バレリーは銃を構えた両腕に力を入れる。
「出すのよ!」
「“イヤだ”と言ったらどうする?
 撃つか? 撃てるのか? お手々が震えてるぞ」
「動くな!!」
バレリーは一歩後ずさりする。


「ここを狙えよ。その代わりし損じたら−」
リザードマンは自分の眉間のあたりを指さし言う。

「おまえを好きなようにさせてもらうゼ」

舌なめずりするリザードマンの目がギラギラと輝いた。
「さぁ、どうすんだ?」
「こうするんだよ!!」
バレリーはリザードマンの頭部に銃のグリップ部で力一杯叩きつけた。
リザードマンは地に崩れる。

「おほ〜・・・・、いてぇな〜。機械なのは右腕だけなんでな」
バレリーは殴られた頭から血を流しながら
ヘラヘラ笑うリザードマンの両腕を捕縛用のロープでつなぎ止めた。
リザードマンのポケットの中をさぐった。
ディスクはジャケットの内ポケットにあった。
ディスクを取り出した。


その時、リザードマンの両腕を押さえていた捕縛ロープがちぎれ飛んだ。
人間の力では無理でも機械化されたリザードマンの腕なら
捕縛ロープを引きちぎることは簡単だった。
バレリーの手からディスクが落ちた。
「こんなものオレには意味ないんだって」
バレリーがあわてて取り出した銃はあっという間に奪われた。
バレリーの銃はリザードマンの右手の中でグニャグニャに変形した。
「さあ約束通り好きにさせてもらうゼ」
リザードマンはバレリーの両肩を壁に押しつけ、
バレリーの豊かな胸を見て舌なめずりした。

「そそる女だ」

バレリーは壁に背をつけ、思い切りリザードマンを押しのけるように蹴った。
軽く二人の距離が開いた。


スパン!!


その時、何かがはじけるような乾いた音がした。
それと共にリザードマンは更に後方へと吹き飛ばされた。
リザードマンの体に白い液状の物体が飛び散る。
それは瞬時に大きく広がったかと思うと
リザードマンの体を壁に固定してしまった。


そこにはジョンが巨大な銃を構えて立っていた。
二つある銃口の内、下の銃口から発射されたのは捕獲用のジェル弾。
着弾し空気に触れたジェルは瞬時に固形化し対象物の自由を奪う。
ジョンはバレリーを囮に使い、じっと機会をうかがっていた。

「オレと一緒に来てもらおうか」

そう言ったジョンは、しかし後方の気配を感じて振り向く。
マゼンダが路地の角から飛び出してきたところだ。
オートマチックをスライドし装弾するカシャンという音が聞こえた。
ジョンはとっさにバレリーの前に立ちふさがった。
続けざまに三発の発射音。
ボスボスとくぐもった音と共にジョンのコートにマゼンダの放った銃弾がめり込んだ。
ジョンの体が大きく揺れた。
リザードマンはニヤリと笑った。
マゼンダも着弾を確認して笑みを浮かべた。
そして気を抜いた。
それが間違いだった。
再びはじけるような乾いた音がすると、マゼンダの体もまた壁に固定されてしまった。

「なっ、なんだこりゃあ!!」

マゼンダは身動きがとれないまま叫び、もがいた。
ジョンは小さく煙を上げる自分のコートを片手で払った。
三発のひしゃげた銃弾が地面にコロコロと落ちた。

「防弾コートか」

リザードマンはそうつぶやくと固形化したジェルを粉々に砕いた。
立ち上がると間髪入れずにジョンに拳を振る。
ジョンは後方に飛びよける。


「賞金稼ぎだな? なんて名だ?」

「只の鳥飼いだ。はぐれ鳥を鳥カゴに戻すためのな。」


リザードマンは驚くほどの俊敏さでジョンの懐に飛び込む。
右左と拳を叩き込むがジョンの動きも素早く、
リザードマンの拳はことごとく受け流される。
空を切ったリザードマンの右拳は駐車していた車の横っ腹に大きな穴を空けた。
衝撃でズタズタに裂けた表皮の下から黒色の補強カバーのパーツが露わになった。

「あ〜あ、あ〜あ、オレの腕の表皮には金かかってんだけどな」

脇から拳銃を取り出し構える。
が、即座に飛んできたジョンの蹴りにはじきとばされる。
そして続けざまに飛んできたジョンの右拳は
リザードマンの体を大きく吹き飛ばした。
リザードマンはダスト・ボックスに勢いよくぶち当たった。
そして立ち上がると、身を翻し走り去った。
その姿はあっという間に人ごみの中に消えていった。

ジョンは静かに立ったまま、リザードマンの姿を見送り、
そしてゆっくりと地面に落ちているディスクを拾った。





もがいても自分を縛り付けた捕縛ジェルから逃れることは出来なかった。
マゼンダはわずかに動く体を左右前後に揺すった。
固形化したジェルはビクともしなかった。

「あちっ!!」

自分の頭でマッチを擦られマゼンダはうめいた。
「くそっ! てめぇ何しやがる!!」
ジョンはそのマッチでくわえたタバコに火を点ける。
ゆっくりと煙を吸い込む。
固まったジェルをとるためには、分解用の溶剤か、
ジョンが持っているシェーバーの形をした解除器具が必要だ。
強烈な超微細な振動が固結したジェルを砕いてしまうのだ。


“あと取り巻きは5人か・・。
こいつはレディ・カムナの手下が“監禁”しておいてくれる。
彼女にはそのためにコンタクトを取ったんだからな。
・・・しかしそれにしても骨が折れるな・・。”


ジョンはポケットからGPSを取り出し電源をオンにした。
モニターにはマップを移動する赤いマーキングが点滅している。
リザードマンはそれに気がつかなかった。
今の短い格闘の間にそれを自分のジャケットに貼られたことを。
自らの居場所を知らせるセンサーを。
リザードマンのジャケットの襟の内側には
小さくて目立たないうずまき状のコイルの上に
透明なシールのようなものが張り付いていた。




「かばってくれてありがとう・・・」
バレリーはさっき自分をかばい銃弾を受けたジョンのコートを見た。
防弾に形状記憶素材。
わずかに白いコゲたような跡があるだけで傷さえついていない。


「痛くないの?」

「痛いよ」

思い出したようにジョンはコートの中に手をつっこみ、
眉をひそめながら着弾したあたりをさすった。
「弾が当たったのに傷もつかないんだね、そのコート」
「ああ。相棒の特製だ。避けてもいいんだがな」
「よけるって? 銃の弾を? そんなヤツいないよ」
「よけるって言うより読むんだけどな」
「あなた銃弾が見えるの?」
「いや、見えない」
「じゃあなんで避けられるのさ?」
「目だよ」
「目?」
「どんな人間でも撃つ時は狙ってから撃つ。
そいつの目の動きと体の筋肉の動きを見ると必ずなんらかのサインが出る。
撃つタイミング、狙っている箇所、それを読んで動くんだよ」
「うそだよ。そんなやついないよ」
「訓練すればわかるようになる。さすがに全部は無理だがね」
「絶対うそだよ。そんなの映画の中だけさ。じゃ、見せてよ」

「今度な」




人混みを掻き分けて歩く2人の後方で爆竹が破裂する音がした。
バレリーは肩を小さく揺らして振り返った。
ジョンはチラリとバレリーを見た。
「いつもさっきのようには助けてもらえないぞ」
「じゃあ、今言っておくわ。これからは私が危なくっても助けてくれなくていいわ」
「そのつもりだ」
「ねぇ、あんた」
「なんだ?」
「出して」
「何を?」
「ディスクよ。さっき拾ったでしょう?」
「あきらめるんだな。これはオレがもらう」
「それはあたしの夫の物だよ!」
「今は違う。オレの飯のタネだ。あんたが死んだ後に手に入れてもいいが−」

「−それは確実じゃない」

「クズね。あんたもあいつらも同じ穴のムジナね・・」
バレリーは吐き捨てるように言った。
そしてジョンに突きつけようとした拳銃は、
ついさっきリザードマンに破壊されたことを思い出した。

「復讐するなら冷徹になるんだな。それにあんたは弱すぎる」
バレリーはジョンの吐き出すタバコの煙にムセた。


「ディスクをあんたに渡したらホッファを殺してくれる?」
「前にもいったようにオレは殺し屋じゃない。それに取引はしない」

「元いた世界に帰るんだな」


バレリーは唇を噛みしめ叫んだ。
「どこにもない! 帰るとこなんかどこにもないんだよ!!」







「オフだ」
ブルーがそう言うとテーブルの上ではしゃいでいたトップレスの金髪女のホログラムは姿を消した。

「この街で見れる番組は下品だな」

オレンジは無言でうなずいた。
ブルーとオレンジの二人は、ホッファの根城で待機中だった。
特にやることもなくブルーは暇を持てあましていた。


「食うか、水着に裸か、胡散臭い占い師、しょうもない恋愛ドラマ・・・どれもつまらねぇ」
「・・・“生き物の記録”って面白いよ」
「どんな番組だよ、それ?」
「・・・うん、昨日はシクラメンの花がつぼみから花が咲くまでを流してたよ」
「・・・それ・・見て面白いか・・?」
「うん」
「・・・おまえ、変わってるよな」
「・・・そうかな?」


ブルーは立ち上がるとカウンターの上に置いてあった果物の中からリンゴを一個手に取った。
軽く手の中で磨いてから頬張る。
「味は似てるんだけどな・・。合成は合成だよな。
オレンジ、おまえ本物の果物とか野菜食ったことあるか?」
「・・・ないよ。高いから」
「そうか」
「合成も本物も味は同じじゃないの?」
「いや、本物はちゃんと香りがする。味も濃いんだよ。それに体にも害がない」
「そうなの?」
「ああ、一度食ってみろ。全然違うんだ」
「ブルーは食べたの?」
「ああ、一度だけだけどな。小さい頃に」
「なんで本物は高いの?」
「時間かかるんだよ。種植えて、花咲かせて、実がなるまでものすごく時間かかるんだ。
普通はそういうものなんだぜ」
「ふぅん・・」



「なあ、オレンジ。オレはなんだか嫌な予感がするんだが」
「何が?」
「ホッファとリザードマンだよ。何か起こりそうだ」
ブルーはリンゴを音を立ててかじる。
モシャモシャと口いっぱいに頬張りながらオレンジに言った。

「オマエな、ヤバくなったら逃げろよ」



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