チャプター5

 

●前回までのあらすじ
ジョンは、ホッファを襲ったスナイパーの後をつけ、宿泊するホテルを訪れる。
スナイパーは女であり、バレリー・レノアといった。
彼女の婚約者ロイドは研究者であり、ホッファにその研究成果を奪われた上に殺害されてしまう。
彼女は殺されたロイドの仇討ちと、彼に奪われたディスクを取り返すのが目的だ。
そのディスクは、ジョンが【ボーナス】としてホッファから奪取しようとしていたものでもあった。
リザードマン達はバレリーのホテルを襲撃。
ジョンは凶悪なヤツらの魔の手からバレリーを逃がしてやるが、彼女に復讐を諦める様子はない。
バレリーに気付かれないようにディスクを奪取し、警察より先にリザードマンを捕獲するのだ。




「最初からそう言ゃあいいんだよ」

山高帽をかぶったその男は、倒れている男に吐き捨てるように言った。
しかし倒れている男には、その言葉は聞こえていなかった。
だらしなく地べたにはいつくばったダーク・スーツを着た人相の悪い小男は、
さっき少し殴っただけで気を失ってしまった。
山高帽の男は紺色の上下のスーツに、紺色の山高帽という出で立ちだ。
ギトギトした色彩の漢字のネオンや、頭上の薄暗いオレンジ色の照明に照らされながら男は舌打ちした。

“一体なんだってんだ?
ここに着いてからというもの、チンピラに絡まれるのはこれで何人目だろう”

この地に着いてからのトラブル(予期せぬ邪魔者)の連続に男はうんざりしていた。
男は倒れているチンピラをそのままにして、入り組んだうす暗い路地へと入っていった。
繁華街を少し離れるとそこはまるで迷路のようだった。
細く入り組んだ小路が網の目のように張り巡らされている。
どうやら居住地のようだが、小さな飲食店や何を売っているのか見当もつかない怪しい店も点在していた。
しかし人通りは少なく、路を間違うとすぐ突き当たりに出くわす。
さっき歩いてきた大通りは祭の最中らしい人だかりで、陽気で賑やかだった。
大通りとここが目と鼻の先であることが信じられないくらいこの辺りは静かだった。
大通りから流れてくる者もほとんどないようだ。
ゲットーとは思えないし、住民の表情も明るく穏やかだから治安はいいのだろう。
しかし、よそ者に対して敏感な場所のようだ。
山高帽の男はある男を捜してここにやってきたのだが、
少し歩けばすぐ争いごとになることに辟易としていた。
男はいさかいついでにチンピラから情報を聞き出しながらこの地区へと足を踏み入れていた。
彼はギンディという男から依頼を受けて、一人の男を消すためにやってきた殺し屋だ。
その消す男の名はジョン・スタッカーという。


その昔ギンディのもとで働いていたそのスタッカーという男は、ギンディのお気に入りの男であった。
ギンディはスタッカーを特別にかわいがり、スタッカーはギンディのもとで仕事を覚えていった。
スタッカーはギャングのエリートだったようだ。

ある日スタッカーは、ギンディの弟に陥れられ、争った挙げ句に殺害してしまう。
スタッカーはギンディの組織を抜け出し、離れた場所で賞金稼ぎを始めた。
その後、執念深くスタッカーを探し出したギンディは、
殺し屋を雇ってスタッカーの妻と腹の中の子供を殺した。
スタッカー自身も瀕死の重傷を負ったが、
その後妻と子を殺した殺し屋とその一味を一人一人追いつめて惨殺していったらしい。
その後はギンディの組織もどんでん大きくなっているため、今ではその男も復讐など無理な話だろう。
ギンディの復讐はその昔に終わっている。
だからこれは裏切りへの報復だという。陰湿なやつだ。
ギンディとその男には長い因縁があるというわけだ。
これがスタッカーという男についてのギンディの簡単な説明だ。


気付かれない場所に潜んで待ち、
サイレンサーを装着した銃で遠くから狙い撃てば仕事はすぐ片付くはずだった。
なるべく危険を冒さずに相手を仕留めるのは基本である。
だがギンディの注文はやっかいだ。
“必ずヤツと向かい合え”と言う。
暗殺ではなく決闘しろと。
“誰に殺されたか分からずに死んでいっては意味がないのだ。
 オレに殺されたと分からせて仕留めろ。でなければ金は払わん”
そうギンディは殺し屋に言った。

しかしその後、その回りくどい“報復”のために、
その賞金稼ぎに返り討ちにあった殺し屋の数はかなりの数だと殺し屋は聞いていた。
その賞金稼ぎの男の噂は聞いていた。
かなりの腕を持っているズル賢いやつだと聞く。
彼にはそんなまどろっこしい注文を出して、刺客を差し向けるギンディの神経がよくわからなかった。

だが仕事は仕事。
正直言って食いぶちにこまっている彼にとっては選択の余地がない仕事だった。
出てくる前、今回の仕事に気乗りしない女にゴネられ気分は悪かったが。


殺し屋はスタッカーという男と、依頼主のギンディのことを思い出しながら、鼻をシュンとすすった。
殺し屋は街の空気が苦手だった。
薄汚れた都会の吐き散らす息に過敏に反応する鼻。
ポケットから小さな吸引器を取り出し、アレルギーを静めるために鼻からそれを深く吸い込む。
「ヘックシュン!」
殺し屋は小さくくしゃみをすると、路地の奥へと足を進めた。


標的は案外早く見つかった。
殺し屋の標的のジョンは、小さな酒屋で何かの酒を買っているところだった。
背中に十字架のロゴマークをあしらったロングコートが確認できた。
顔は丸いサングラスで隠れているが、殺し屋の標的は彼に間違いなかった。
殺し屋は5件離れた民家の影からジョンの様子をうかがい、ジョンが歩き始めるのを待った。
このあたりは様々な人種が入り乱れているようだ。
まばらな人通りの中、あちこちから聞き覚えのない言語が耳に入ってくる。


酒屋でジョンは金を払い、店の主人と何か話しているところだった。
殺し屋はその様子をじっと見ていたが、
ふと自分の後方から低く小さな音が聞こえてきたのに気が付いた。
それは低くかすかなブーンという、ミツバチの羽音のような音だった。
男がふりかえると、すぐ目の前にリンゴくらいの大きさの銀色の球体が浮かんでいた。
球体は宙を浮いたまま、殺し屋のことを1個の目をジッと見つめていた。
それは殺し屋のことを観察しているようだった。
殺し屋はその球体を見たまま、じっと動きを止めた。

その球体は“シーカー”だった。
シーカーとは、AIによる自動操縦によって街を巡回する宙に浮く球体のメカだ。
警官の危険を減少させ、人員を補助するために作られた見回り専用のマシンで、
警察署に直結するカメラと、電磁パルスで痴漢を気絶させる程度の能力を備えていた。
要は巡回カメラなのだが、警察署にリンクしているので、密入国者や犯罪者の摘発にも活躍している。
何よりこのメカ自身が意志を持って怪しいものを探索する能力があることだ。
少しでもやましいことがあるなら下手な動きは慎むことだった。
バカなことのようだが、このマシンは動くものに真っ先に反応するからだ。
シーカーはその小さな体の中でカリカトと音を立てると、
赤い一つ目をキョロキョロと回し殺し屋のことを見回しスッと飛び去った。
殺し屋は警察の記録に照会されたところで何も問題ないのだが、
今は尾行中のところ目立つことをしないようにと考えただけだった。


再びジョンのほうを見ると、ちょうど酒屋を離れ歩き出したところだった。
殺し屋は間を置いてからその後をゆっくりと尾けた。
ジョンの後について、さらに奥へと足を進める。
あたりからは生クリームの甘い臭いが立ちこめている。
菓子かケーキでも作る店があるのだろうか?
そう考えると殺し屋は甘いものが食べたくて、口の中に唾液が充満した。

“仕事を終えたらまた寄ってみるか”

殺し屋にとって空気はまずいが、うまそうな店は多いところだった。
さっきの路地で見かけた店のまんじゅうも気になっていた。



殺し屋はジョンの後を尾けて、どんどん人気のない場所へと足を踏み入れた。
角を右へ左へ曲がり、どんどん狭く薄暗い路に向かっていた。
人通りが少なくなるにつれてよく響くようになってきた自分の足音を警戒して、
殺し屋はジョンとの間合いを更に広くとり、音を立てないように歩いた。
そして辺りに響く足音はジョンだけになった・・・と思ったのだが。
靴音の数は増えていた。
さっきから殺し屋の後方10メートル先からは複数の足音が聞こえてきていたのだ。
複数の、それもひとつの角を通り過ぎる度に一人一人とその数を増していた。
足音はずっと殺し屋の後についてきた。
殺し屋は考えた。

“オレが尾けられている??”

さっきのチンピラの仲間だろうか。足音から察するに5人はいるようだ。
男はチラリと後ろを振り返るとやはりそうだった。
さっきのチンピラと同じような出で立ちの男が5人・・・いや、ちょうど6人になったところだ。
殺し屋の後を尾けてきている。
殺し屋はチッと舌打ちし、鼻をシュンとすすった。

“スタッカーのやつに気付かれるのはまずい”

殺し屋はひとまず追跡を断念して目の前の角を曲がると走りはじめた。
そして走りながら、ポケットから吸引器を取り出すと鼻から深く吸い込んだ。
そしてクシュンとくしゃみをした。


しばらく走りもうひとつ角を曲がると、殺し屋はおもむろに自分の足に急ブレーキをかけた。

“ついてねぇや”

そこも行き止まりだった。
しかも両脇には数人の人相の悪い男達がこちらを睨んで立っていた。
どうやらさっきのヤツらの仲間のようだ。
来た路を引き返そうと振り返ろうとすると、
ちょうど殺し屋の後を追ってきていた男6人が目の前に立ち塞がり行く手を阻んだ。
殺し屋はまた舌打ちした。
そしてここへ来る前、女に“嫌な予感がするから行かないで”と哀願されたことを思い出していた。

“このことだったんかな・・・?”

殺し屋は路の突き当たりのほうに向き直るとあたりを見回した。
そこには5人いた。

“全部で11人・・・・とにかく逃げ場を作らなければ・・・”

殺し屋はアレルギーの潤んだ目で辺りをうかがいながら鼻をすすった。
5人のうちの一人が、前にゆっくりと歩み出ると大きな野太い声で叫んだ。
「おまえか? よっ、よそから来て、い、いさかい事起こしてるヤ、ヤツってのは」
その声の主はレディ・カムナの部下ボブだった。
殺し屋はその大男の、見た目とは裏腹のマヌケな口調にプッと吹き出し思わず言った。

「なんだぁ、このノータリンは?」

「のっ、ノータリンだとぉ!?」
ボブは思わずムキになって怒りを露わにするが、そう言われるのも無理はなかった。
ボブから発せられる言葉は障害のせいであるとはいえ、こういった緊張した場面には不似合いな口調だ。
ボブの後ろでも同じく、小さく吹き出している男がいた。
男はボブをこれみよがしに嘲笑う仕草だ。
その男はオックスといった。
オックスはボブより前に歩み出ると殺し屋にけしかけた。
「うちのボスは調和を好むんだよ。ヨソモンはヨソモンらしくしてな。
でないとおまえのケツの穴をあと3つばかり増やしてやるぜ」
オックスもボブと同じく、レディ・カムナのもとで働くガードマンであり部下達のリーダーの一人だった。
オックスはボブと同じ地位にいるのだが、
先輩であるはずのボブのことを軽く見ているのかライバル視しているのか、
彼のことをないがしろにすることが多い。
その言動も好戦的で勝ち気なものが多かった。
「オッ、オマエは黙ってろ。オックス!」
下品な文句で出しゃばるオックスを一瞥するとボブは吠えた。
オックスはかまわず続けた。
「まぁ、ちょっと顔貸してくれや。何モンか分かったらちゃんと帰してやる」


一方、殺し屋にとってこの状況は多勢に無勢だった。
どう見ても捕らえられたも同然。
殺し屋を取り囲んだ男達はジリジリと間合いを詰めていた。
「じゅっ、銃なんか出そうと思うなよ」
ボブはあいかわらず緊張感を削ぐ口調で殺し屋に言った。
殺し屋はそのまま動かず、周囲の男達との間合いを計った。
そして左手の薬指にはめてある二連リングを右手の3本の指でつまんだ。
殺し屋の後ろからは一人の男が脇から銃を抜こうとする。
だが、その動作は“相手が一人だ”ということで油断しているため、見るからにスローだった。
が、殺し屋は銃の気配を察知するやいなや、何故かその男に背中を向けたまま、
その男の方に向かってすばやくバックステップで迫った。

「!?」

多勢の中で油断していた男は、殺し屋の意表をついた行動にギョッとし、銃をあわてて殺し屋に向ける。
しかし、それより殺し屋の動きのほうが速かった。
殺し屋は目にも止まらぬ速さで左手薬指からリングの“片割れ”を引き抜くと、
両手を目の前で大きく広げた。
すると暗闇でリングとリングの間に、熱線の赤いワイヤーが浮かび上がった。
殺し屋はその赤く細い熱したワイヤーを男めがけて振りかざしのだ。
「うおっっ!?」
びっくりした男は反射的に両腕を前に出しガードすると、ドッと後ろに倒れた。

真っ二つに切断された男の銃が宙を舞った。

男が倒れたのは正解だった。さもなくば銃の代わりに男の首が宙を舞っていただろう。
殺し屋は間髪いれずに隣にいた男の顔に肘、もう一人の男の顔面には回し蹴りを入れた。
蹴られた男は側の4人のほうにふっとばされ、はずみで4人も将棋倒しとなった。
殺し屋はさっきの路に戻り、そのまま逃げていった。
その逃げ足はまるで脱兎のごとくであった。



「なぁにやってんだかなぁ・・・」

オックスは地べたに転がった6人に向かって呆れながらつぶやく。
「うっ、腕は大丈夫か?」
「だ・・大丈夫っス。銃だけで済んだみたいっス」
ボブは部下の腕が切り落とされなくて心底安心したらしい。
オックスはもう一人の男の腕を掴んで立たせてやると号令をかける。
「さぁ、おまえら捕まえてこい。あいつはますます怪しい」
ボブはますます自分をないがしろにしていくオックスにうんざりしたが、
今はそのことに触れるのを止めた。
おとなしくしてれば脅すだけで済んだものを、自分の部下の命を奪おうとしたのは許せない。
どうやってカタをつけさせてくれようか。



殺し屋は一心不乱に走っていた。

“なんてこった。獲物を追うはずが追われるハメになるとは。
 あの野郎、オレをこういうヤツらがたむろする場所へオレをおびき寄せたんだ!”

殺し屋はひたすら走り、元来た路を引き返したつもりだったが、
しばらくするとまた行き止まりに出くわした。
殺し屋は今晩の運のなさにはつくづくウンザリし、そして自分のことを呪った。
殺し屋は息を切らしながら辺りを見渡した。
そこも薄暗く人通りのない場所で、
殺風景な広場に使われなくなった看板・木箱・電気製品が積み上げられていた。
ゴミ置き場だろうか。
壁面には大小のパイプが駆けめぐっており、
地上の通風口からは生活排水の蒸気があたりに立ちこめていた。


殺し屋は鼻をすすると、ポケットから吸引器を取り出し深く吸い込んだ。
そして小さくクシュンとくしゃみをした。
興奮するとアレルギーがひどく、涙で目が潤んでくる。
殺し屋は涙で潤んだ瞳と、たちこめる蒸気のせいで視界がかすんだ。
そして、たちこめる視界の先に気配を感じて瞼をこする。
いつの間にかそこにはロングコートの男が立ち塞がっていた。
殺し屋は思わず小さく叫んでしまった。


「うわっっ!!」


そこにはどこから現れたのか、あの賞金稼ぎが立っていた。
ジョンは無表情な丸いサングラスの奥から殺し屋を見据えると言った。
「ごきげんよう」
ジョンは殺し屋が脇から抜いた拳銃を右手ではじき飛ばした。
殺し屋の銃は遙か彼方に乾いた音を立てて転がった。
殺し屋はすかさず後方に飛び退くと、体勢を立て直しジョンの頭部目がけて蹴りを入れる。
がジョンは右腕で殺し屋の右足を軽く受け流す。
続けて放たれた殺し屋の左・右のパンチもジョンの両腕でさばかれる。
だがその後放った右の拳はジョンの胸部を捉えた。
が痛みを感じたのは殺し屋のほうだった。
「うぐっ!!」
ジョンの胸部は金属のような固さだった。
ジョンは殴られた胸を片手で払うと低い声でつぶやいた。

「オレを探してるんだろう?」

殺し屋は再び後方に飛び退くと左手のリングを外しワイヤーを引き伸ばす。
再び暗闇に朱色の細いラインが舞った。
だがその素速い動きよりも速く、ジョンの両腕は殺し屋の両腕を後方から捕らえていた。
殺し屋はジョンの腕をふりほどこうともがくが、その腕はビクともしなかった。
ジョンは殺し屋の腕を掴んでいる両腕に力を入れると言った。

「ギンディの命令で来たなら覚悟は出来てるな?」

「うぐぐ・・・・」
殺し屋は押さえられた自分の両腕とワイヤーが自分の首に近付いてくるのを見た。
恐怖し、更にもがいた。
だがジョンの力は強く、逃れることは出来ない。

「ギンディによろしく言っとけ」

ジョンはそう言うと殺し屋の手を掴んだまま、赤く輝くワイヤーを殺し屋の首にスッとからめた。
そして両腕を引く。
ジュッと油がはじけるような音がすると、肉の焼ける嫌な臭いがあたりに漂った。
ジョンのサングラスに宙を舞う殺し屋の首が映っていた。

「知ってるか。どっかにここ(地球)とおんなじ星があるんだと」

ジョンは独り言のように首のなくなった殺し屋につぶやく。
それは絵本を子供に語って聞かせてやる父親のような口調だった。
頭の切り離された殺し屋の体は、糸の切れた操り人形のようにそのまま地面に崩れ落ちた。
薄暗く静まりかえった路地裏はまるで処刑場のようだ。
あたりに肉が転がる音と短い溜息だけが響きわたった。

路地裏





「そいつぁ何だ。オマエを狙ってやってきたのか?」
オックスは脇に転がっている殺し屋の首なし死体を見ながらジョンに尋ねた。
「ああ」
「おまえ賞金稼ぎじゃないのか。なんで狙われてるんだ」
「ま、イロイロあってな」
そう言うジョンの顔は石のように無表情だった。
サングラスをかけているため尚更であった。


オックスはこの男の手並みが信じられなかった。
オックス達がこの場所に到着するまでの時間は30秒もたっていない。
だがここに着いた時には山高帽の男は既に死んでいた。
銃を使った形跡はなく、どうやら相手の武器で殺したようだが。
さっきのオックスの手下達をさばいて逃げた時の様子を見る限りは、そこそこの使い手だったはずだ。
それがほとんど抵抗する間もなく首を切り落とされている。
オックスは薄笑いを浮かべるとジョンに言った。

「それにしてもヒデェことするよな、アンタ」

ジョンはオックスを見ずに答えた。
「何が? 殺したことか?」
「違うよ。オレ達をカマせただろ?
 うまいことオレ達とブツけてオレ達に殺させるつもりだったんだろ?
コイツをおびき寄せたのは分かってんだぜ。結局はアンタが殺してくれて、手間が省けてよかったがよ」
オックスはジョンの顔を覗きこみながら、
“教師の間違いを見つけた不良学生”のようにジョンに詰め寄った。

「シマの治安を守るのはお前達の仕事だろ?」
「なんかおかしくねぇか? あんたが連れてきた殺し屋だろうが」
「だから人通りのない場所まで引っ張ってきたんじゃねぇか」
「・・・まぁ、いいや。確かに治安を守るのはオレ達の仕事だな。
 最近はすっかり平和になったんだが、悪徳警官も増えてきてな。自分のシマは自分達で守らねぇとな」
「どこでも一緒だろ、悪い番人は」
「いや、実際レディが裏から睨みをきかせてるからこの街も平和なんだ。
 大した人だよ、あの人は。年齢を感じさせねぇ」


鋭い目を細身な男だ。
オックスはよくしゃべる。真にしゃべるのが好きなのだ。
彼は悪人ではないが、かといって手本になるような人間でも当然なかった。
指導力はあるが、揚げ足をとるのが好きで、時に口が悪く、好戦的で快楽主義な男だ。
レディ・カムナが禁じているドラッグも隠れて手を出している。
好き嫌いがはっきりしているようなのは自分に正直な証拠でもあるのだが。


「時にアンタ、例のブツはうまいこといきそうか?」
「おまえに話す必要があるか?」
ジョンは今とても機嫌が悪かった。
それは病魔のようだった。
手術しても手術しても次々と転移して、その度に体を痛めつけるキリのない悪性腫瘍のようだ。
さっきの殺し屋がその腫瘍であり、今では自分の心の中にもその腫瘍が芽生えていた。
そう、彼は今機嫌が悪かった。
無論、機嫌がよい時でも同じように答えただろうが。

「ハハハ、そりゃそうだな。正直オレはあんまり興味ねぇ。だが礼はちゃんと返してあげろよ。
 只の情報だとナメてかからないことだよ。あの人怒ったらコワイからな」
彼より遙かに年齢の低いカムナだが、オックスは心底敬意を表してるようだ。

「オレは自分のしたいようにするさ。おまえはおまえの仕事をしてりゃいい」

「かっこいいねぇ、“したいように”か。あんたの仕事はそうなんだろな。
 自由に気に入らないヤツをぶっ殺して、ストレス発散出来て金も手に入る。
 アンタ、人殺すのは楽しいか?」

ジョンは何も答えなかった。
ただ吸い込んだタバコの煙を深く吐き出しただけだった。


「正直オレはあんたの仕事はあんまり良く思ってないけどな。でもレディの希望ならしょうがねぇサ。
 必ずブツを手に入れて、そんでもってレディの悩みを解決してやってくれ」
オックスはそう言うと、立ち去りながら右手を振ってサヨナラのあいさつをした。







恐らく盗品や出所不明の品であろう。

ギターや骨董品のサックス、トランペット、そしてコンピューター用のキーボードまでが、
使えるもの・使えないものごった混ぜに、狭い店内に所狭しと、そして乱雑に置かれていた。
バレリーは弦の切れたウクレレを手にとって眺めながら、店主と客の会話が途切れるのを待った。


店主は片目が剥きだしの義眼の小柄な初老の中国人だ。
カウンターのところに座ってフルートのほこりを布でふきとっている。
カウンター越しには、常連客らしい赤いバンダナに顎髭という出で立ちの白人少年が店主にまくしたてていた。
昔バンダナの少年が高級なホテルでルームサービスをしていたころの話らしい。
宿泊客の女が同室の金持ちの男に処女を捧げた直後、
その男とケンカして素っ裸のまま部屋から閉め出されたという内容だった。


「で、その女どうしたと思う?」

バンダナの少年は店主に身を乗り出して聞いた。
店主は特に関心がある風でもないが、適当に相づちを打っている。

「あ? 何がだい?」

「処女の女だよ。素っ裸だよ。ホテルの廊下には客も歩いてるんだ。
 彼女はルームサービスのオレを見つけてどうしたと思う?」
「さぁね。“鍵開けてくれ”かい?」
「違うよ。オレがトレーに載せて運んできた白いシーツを一枚ぶんどって自分の体に巻いたんだ」
「ふーん」
「それで彼女また自分の部屋をノックしだしたんだけどさ、なんだかシーツの股間のあたりが赤くジワーッと染まってきてね」
「ほぅ」
「見てるとどんどん広がって、しまいには下半身真っ赤に染まったんだ。床にもポトポト落ちてたし」
「そんなに出ないだろ」
「そうだろ? ウソくさいだろ? ほんのちょっとだよな?
 だから思ったんだよ。あれは偽装だよ。男を騙すための」
「偽装?」
「男はヤッた女が初めてだとうれしいもんだろ?
 だから女はわざと痛いフリして血糊仕込んだりするんだって」
「はぁ? 聞いたことないねぇ」
「だからね、あの女はうっかり仕込む血糊の量を間違えたんだよ」
少年はそう言うとハーモニカですばやく短いメロディを奏でた。
少し話しては、節々でハーモニカを吹き鳴らしリズムをとっているようだ。
客がいたなら、会話の内容はともかく滑稽で悪くない演出ではあった。


少年はブルース調に即興のメロディを奏でると話題を変え店主に言った。
「ところでじいさん・・・、金貸してくれよ」
店主はフルートを磨きながらうつむいたまま答える。
「いくらだい」
「500ほど」
「うちもないよ。払いの悪い客ばかりでね」
「大変だね。じいさんの仕事って儲かんないのか?」
「おまえのこと言ってんだよ。こないだのエレキの代金まだだろ?」
「アームすぐイカれちゃったよ。直してくれよ」


バレリーは黙って2人の会話を聞いていたが、果てしなく続く2人の会話は途切れることはなく、
待ちきれなくなってカウンターに歩み寄った。

「なんだい、あんただったのか。早く声かけてくれりゃよかったのに」

店主はバレリーのことを思い出したらしく、片目をキョロリと見開いて彼女を見つめた。
少年はバレリーのほうに向くと、ぶっきらぼうに問いかけた。

「ねぇ、お姉さん。処女膜って長いこと使わないと元に戻るってホント?」

バレリーは特に表情を変えるでもなく少年のほうを向いた。
「よしなよ、お客に絡むなって言ってるだろ」
店主は怒り口調で静かにどなったが、少年は全然おかまいなしだ。
「どうなんだい。いっぺん破れたものが元に戻ったら、また痛い思いすんだろ?」
「よせってば」
店主は少年の頭を拳で軽くこずいた。
「あいた」
少年は肩をすくめるとハーモニカで何かの曲を吹き始める。
薄汚い店内には不釣り合いな美しくももの哀しい音色だ。
バレリーは少年をチラと見た。

その曲は、愛した男を戦争で失い、
絶望し手首を切って死んでしまう女のことを歌った、フランスの有名な歌だった。
彼はそんなことを知って演奏しているのだろうか?
それはともかく、演奏に関しては何故か素晴らしかった。
ハーモニカだけというのに、それは音色のひとつひとつが胸に染みこんでくる感じだった。



店主はバレリーに尋ねた。

「今日欲しいのは“普通の楽器”かい?」

「いえ、前のように“珍しい楽器を”を」

「フム、じゃ奥に行こうか」
店主はカウンターの奥のカーテンを開けて、その先にある奥の部屋へと案内した。
その部屋の焦げ茶色に焼き加工がしてある本棚には、書物がビッチリと詰め込まれていた。
店主は中央の植物図鑑を引き抜くと、本棚の奥に手を伸ばしスイッチを入れる。
本棚はゴンと短く重い音を立てると横にスライドして、その奥からは更に大きな棚が出現した。
その棚にはライフル、ピストル、レーザー・ガン、マシン・ガン、手榴弾、アーミー・ナイフ、弾薬、
果ては携帯小型誘導ミサイルの類までがギッシリと貯蔵されていた。
店主はバレリーのほうを振り向いた。


「何が欲しいね?」
「弾を」
「もう無くしちゃったのかい? どっかと戦争でもしてんのかい?」
店主は乾いたひきつるような、いやらしい声で笑った。
バレリーは黙っている。


楽器のフロアからは少年のハーモニカが聞こえてくる。
この店には本当に不釣り合いな美しい旋律だ。
ハーモニカを吹いている人間がアレだとは、間違っても想像できない美しい音色だった。
バレリーはその曲を聴きながら、黒い棚の奥で鈍い光を放つ銃器をぼんやり見つめた。


“死んでしまえばラクになるのかな・・・”


店主は笑顔のままバレリーの顔を見る。

「まぁ、いいさ。こっちが本業だからね」

棚の一つから9mm弾薬の入った箱を取り出すとテーブルの上に置いた。
「あんた確かベレッタだったよね」
バレリーは弾薬の箱を黒いバッグの中に入れた。
「他の銃はどうだ? マシン・ガンかプラズマ・ライフルはどうだね?」
「これだけでいいわ」
「現金だろうね?」
「ええ」



バレリーと店主はカーテンを開けて楽器のフロアに戻ってくる。
カウンターの横でくつろいでいる少年はあいかわらずハーモニカを吹いていた。
少年は座ったまま、バレリーを見上げて話しかけた。

「ねぇ、お姉さん。あんたがバージン失くした時はどうだった? 血は出たかい? 痛かった? ヘヘヘ」

バレリーはその一言で、自分が少年のハーモニカの音色に今まで感動していたことを、
まるでウソのように忘れ去ってしまった。
「このバカ、いい加減にしないか。失礼だろうがね。この童貞め、おまえも早く捨てちまうんだよ!」
店主は耐えきれず、少年に向かってわめいた。
だが少年は何が悪かったのか分からないようだ。
「いいよ、生の女なんかさ。アンドロイドだってバーチャSEXだってあるのに、
 そんなの面倒くさいだけじゃない。臭いらしいし」
「哀しいねぇ。最近じゃおまえみたいなヤツばっかりか?」
店主は哀れなまなざしと、義眼の無表情な作動音を少年に贈った。
少年はバレリーに言う。
「じいさんは“童貞なんてチンチンの皮と同じで、女にしてみれば邪魔なだけだ”っていつも言うんだ。
 でもいいんだよ、オレ結婚だってしないんだから」

バレリーは、座ったまま頭を左右に揺らしリズムをとる少年を見ながら笑う。
「ふふふ」
「何? 何がおかしいの?」
少年はキョトンとバレリーの瞳を見つめた。
バレリーは静かに微笑むと言った。

「いえ・・・。あなたバカなガキだけど、ハーモニカは最高だったわ」







ジョンはシャワーを浴びた後、細身のブリーフだけ身につけると、ベッドに腰掛けて窓の外をぼんやりと眺めていた。
窓の外にはエア・タクシーがテールランプの光を残してながら飛んでいる。
それは蛍の光のようだった。
こうしてホテルの室内の俯瞰から眺めた夜の街は、薄汚れたものを覆い隠しきらびやかに美しかった。
この輝きの下で様々な欲望や、憎しみの闇がうごめいていることがウソのようだった。
時折スタジアムから照らされるスポットライトの光に目を細めながら、
ジョンは手元のウィスキーをラッパ飲みした。
中身はすでに半分より減っている。


ギンディ・・・。
若かりし頃、ジョンはまだ小さな組織だった頃のギンディの元で働いていた。
スラムで姉を守るため、そして生き残るためには仕方がないことだった。
しかし、ギンディの弟と争い殺してしまい、組織を離れた。
身を隠し、そしてジョンはBHになった。
それから数年経ってからギンディの刺客に襲われ大事なものを失った。
あの日ジョンは自分の生き甲斐である2つの命を奪われた。
そしてその後もいたぶるように、刺客をとぎれとぎれに送り込んでくる。


“・・・ヤツは楽しんでやがる
今やヤツの組織は見違えるように巨大になった。
どうやってヤツを倒せばいい?
オレはこの仕事を続けながらずっと機会をうかがってきた。
だがヤツに近付くどころか、どんどん遠ざかっている気がする”


“オレの失ったものは取り戻せない。
「時が全てを解決する」こう言ったヤツがもしオレと同じ目に遭わされたなら、
そんな戯言を言ってのけることは出来なかっただろう”


再びボトルをあおった。
流れ込んでくるアルコールが喉を刺激した。


“なぁ、神様。
アンタは全能なんだろ?
もしアンタが本当にいるなら、
なんで罪のないやつが死ななきゃならない?
オレがこんな目にあってきたのは
オレのしてきたことの報いなのか?
あんたは確か慈悲深いって聞いてるぜ。
だが、この悲惨な世の中にアンタは目をつぶりすぎる。
それが勤務時間を超過した業務なら、残業でもするべきだ。
オレたちをあんた達が作ったのならそれが勤めだろう?
アンタの僕であるこのオレでさえ、こうして休みなしに働いているんだ”


ジョンはウィスキーをグイグイと喉の奥に流し込んだ。
それから目を閉じて、短かった幸せな思い出の時を頭に浮かべる。

     ・
     ・
     ・

「それは?」

ジョンはルシィの首に下がっている金のペンダントを指さした。
「このペンダント?」
ルシィは首にぶらさがったペンダントを手にとり言う。
「ああ。なんだか変わった飾りだな」
「ベスおばさんの贈り物。あたしの星では幸運を呼ぶ虫っていわれてるの」
「こんな金色の虫がいるのか、この星は」
「うん、きれいなんだよ。その虫にそっくりに作ってくれたんだ。小さい時から肌身離さず首に下げてるの」
「効き目はあったか?」
ルシィはジョンを見つめニッコリ笑う。
「うん」

     ・
     ・
     ・

「ねぇ、ジョニー」

「うん?」
「辛い時は私のこと思い出してほしいの」
「なんだよ急に」
「わかるんだよ、黙ってても。思い出したら飛んで来て欲しいの」
「辛いことなんかないよ」
「泣きたくなったら泣いてもいいんだよ。ホラ、この胸貸したげるから」
 ルシィはジョンの顔を両手で掴んで自分の胸に引き寄せた。
「・・・泣いたことなんかないって」
ジョンはルシィの胸に顔をうずめたままでモゴモゴ言った。
「ウソだよ。お姉さん言ってたよ。“あの子、小さい頃は泣き虫だった”って」
「う・・・・。余計なことを・・・」
「あたしの前だったら泣いてもいいよ。そんな弱いとこも見せてほしいの。そういうのってカワイイって思う」
「辛い時はおまえもオレのこと思いだしてくれてるのか?」
「うん」
「どんな時に?」
「んーとね、柱に膝ぶつけた時とか・・・」
「ハハハ、なんだいそりゃ。ずいぶんちっちゃな痛みだね」
ルシィはジョンの頬にそっと自分の頬を寄せると目をそっと閉じてつぶやいた。

「うん。辛いことなんかないんだ。一人じゃないからね」

     ・
     ・
     ・

ルシィの故郷の星ではちょうど祭の時期であった。
次々と打ち上げられる水辺での花火はちょうどクライマックスを迎えていた。
眺めのいい高台を陣取り、2人は静かに夜空に咲き乱れる光の洪水に酔いしれた。
ルシィはジョンに言った。

「一番最後の花火に願い事をすると叶うんだよ」

「へぇ、おまえは何願い事したんだ?」
ルシィは自分の腹をさするとニッコリ笑った。
その腹の中には2人の間から生まれた、新しい命が宿っていた。
「へへへ、内緒。ねぇ、ジョニーは?」
「おれは・・・・」

真っ白な肌に白鳥の羽根のような白色の髪。
花火の光に照らされたルシィの姿はまるで天使のようだった。
ジョンは思わず彼女に見とれてしまった。
怒りや悲しみや苦痛が、笑いに変わる平穏な毎日。
オレの家族。消し去る毎日でなく産みだしていく日々。
彼はもう孤独ではなかった。

「願い事をなさい」


「願い事を・・・」

     ・
     ・
     ・

ジョンはボトルを更にあおると、だらしなく口を開けつぶやく。

「・・・ギンディ、いずれ借りは返しにいくからな」

その目はうつろで、視点は宙を漂っていた。
いいだろう。おまえの遊びにいつでも付き合ってやるよ。
今はせいぜいおまえからの借りを帳簿に付け忘れないように専念するとする。
ジョンは首をふらふらと前後に揺らし、自分の首にかかった金色に輝くペンダントを指でそっとなぞった。
それは今やジョンのお守りであり、亡き妻ルシィの形見の品であった。

「また会えるからな・・・いつか・・・」

ジョンはシーツの上に顔をめりこませると、そのままグッタリとベッドの奥深くに沈みこんでいった。

「・・・でもそれは今じゃない・・・・まだだ・・・」

     ・
     ・
     ・

なぁアンタ、教えてくれないか。

オレが汚れた仕事を続ける度に

オレの愛する純白の天使は

どんどん汚されて

薄汚れた骸となっちまって

孤独な闇へと墜ちていっちまうのか?



・・・どうなんだ?



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