■眠れぬ夜のために

 

ひさしぶりに仕事帰りに飲みに行った。

自宅から1駅離れた場所にある、今まで数回しか行ったことのないバー。

近所に飲める店がほとんどないので貴重だった。

 

初めて来店したのは2年ほど前で、
その時は若い男の人がマスターだった。

 

半年か一年か経ってから
そのマスターに会いにもう一度来店すると、

そのマスターは辞めていた。

代わりに若い女の人が入っていた。

 

それから更に一年ほど経った昨日、

思い出したようにその女のマスターに会いにいったら、

その女のマスターは辞めていた。

代わりに2年前にいた、初めの男のマスターが入っていたw

来る度にアテが外れるが、
来る度に初めての客と楽しく話せるいい店だ。

 

昨晩も初めて会う客と盛り上がって
時間も3時を超えて店じまいだというので店を出ることにした。

 

結構酔っていた。

 

腹も減ってきた。

そういえばまともな晩飯を食べていなかった。

こんな時間に食べれる店もないので弁当を買って帰ることにした。

喉も渇いたし甘いものも欲しいな・・・。

気付くと結構な量を買い物かごに入れていた。

 

レジに運び精算を済まそうと財布をバッグから取り出そうとすると・・・

バッグに財布が入っていない。

いつも財布はバッグに入れているので、きっと店に忘れてきたに違いない。

 

「・・・すいません。財布忘れたみたいなんで、ソレ置いといてもらえます・・?」

 

これを言うのはなかなか恥ずかしいものだ・・。

 

 

それはともかく財布を取りに戻らなければならない。

まだ店から数百メートルしか歩いてないはずだから
急げばまだ閉店に間に合うはずだ。

ボクは走った。

ところがその店が見つからない。

 

そんなバカな。

 

何度も何度も往復している見慣れた大通りだ。

見つからないはずがない。

走れど走れど何度も行きすぎた場所まで通り過ぎてしまい、

気付くと30分以上は経過していた。

何度も通りを往復し、焦る気持ちでシャツも汗でグショグショだ。

それなのに何故か店が見あたらない。

 

「ああ! 早くしないと店が閉まってしまう!!

 早く・・・早くしないととんでもないことに!!」

 

暑さのせいよりもある理由のせいでボクは激しく焦っていた。

それはなにかというと自宅の鍵である。

財布にはチェーンで自宅の鍵を付けてあるのだ。


金はとりあえずなくともなんとかなる。

しかし鍵がないと自宅に入れない。

しかもキャッシュカードやクレジットカードなども全て財布の中なので、

ネットカフェに泊まることはおろか飲み食いも出来ない。

 

見慣れた大通り沿いにある、
見慣れた場所にある見慣れた店。
なぜ見つからなかったのか、
走って走ってついにその店にたどり着いた。

息をきらしながら地下の店のドアを開けようとすると・・・・

すでに閉店し、人の気配は全くなかった。

 

目の前が真っ暗になった。

 

仕事の疲れを癒しに軽い気持ちで、
しかも久しぶりに飲みに寄っただけの週末がこんな悲惨なことに。

 

もう弁当を取りに戻るどころではない。

 

なんとか鍵なしで自宅に入れないだろうか。

自宅のどこかの窓から忍び込むか??

・・・いや、それは泥棒と間違われてしまう。

どこか・・出来れば屋根のある場所をさがさなければ・・。

駅の地下道にベンチがあったな・・。

・・いや、あのベンチにはこの時間ホームレスがいる。

公園に行くか?

蚊に食われそうだな。

でも仕方ないか・・。
公園で朝を待とう。

 

すっかりしょぼくれて
気持ちは最低に暗い。

とにかく寝たい。

 

家に帰りたい!!


ふとんの上で眠りたい!!

 

そういえば腹も減ったし、喉もカラカラだ。

思わず反射的にバッグの中の財布を探してしまった。

 

その財布がないんやっちゅーーーーねん!!

 

せめてジュースを買う小銭くらいどこかに入ってないだろうか・・。

ボクはバッグの中をさぐった。
1円玉さえ出てこなかった。

次に衣類のポケットを探ってみた。

そういえばさっきからズボンのポケットが重たい気がする。
何入れてたっけ?

ズボンのポケットに手を伸ばすと・・・

 

そこに財布があった。

 

ずっとここに、初めから、
なんの問題もなく、
財布はここにあった。

 

 

この瞬間、本気で死にたくなった

 

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