■三島

新宿で買い物を済ませて、電車に乗り自宅を目指す。

平日の昼の3時すぎ。

西武新宿線の人もまばらな客席。

普段は立ちっぱなしの自分も遠慮なく席に座り、
イヤホンを耳にした。

The White Stripesの「Stop Breakin' Down」をかける。

いまごろ気がついたけど、
この曲、ロバート・ジョンソンのカバーだったんだね・・・。

 

その時、目の前になにかの紙きれが飛び込んできた。

びっくりしてイヤホンをつけたまま頭をあげると、
向かい側の席に小柄な老人が座っていて、
座ったまま体を伸ばして、
私に何かのチラシを差し出しながら何か言っている。

 

「よかったら、これどうぞ」

 

なにかと思うと、
どうやら近々公開予定の映画のチラシ。

ああ、三島由紀夫の伝記映画だったかな??

突然知らない人から、
しかもイヤホンで音楽聞いてるのもおかまいなしに
話しかけられるのは正直ビックリする。

特に東京では。

 

「ああ、ありがとうございます」

 

ニッコリ笑って会釈すると、
老人は話し続ける。

「今度、新宿で公開されるのよね。よかったら観にいってね」

そういうと、さらに割引券らしきものを私に差し出す。

「ありがとう。
  でも、あなたは映画の宣伝か何かされてるのですか?」

「いやいや、違うよ。
わたしね、三島由紀夫の信奉者なんですよ」

そういうと老人は
どれだけ自分が三島由紀夫を好きか、
若い頃の三島由紀夫が自分の人生にどれだけ深く関わってきたか、
三島由紀夫にまつわる人たちのエピソードまでとうとうと語り始めた。

まばらとはいえ、周りの乗客の視線も気にせずに(;´Д`A

 

囚えられてしまった!!

 

最初は
「へえ、そうなんですか」
「すごいですね〜」
とか相槌うっていたのだが、
いつ終わるともなく続く三島講義に
周囲の目もあって、だんだん恥ずかしくなってきた。

 

「お兄さんは駅どちら?」

 

“私かい?

私はここからまだ8駅先の駅だよ。

なんだよ、電車全然進んでねぇよ・・・。”


気まずい時間がとてつもなく長く感じ、
老人の話にいちいちうなずき相槌をうつ私の頭も
どんどん弱々しくなっていった。

果敢にも、ウトウトとうたた寝するフリもしてみたが、

老人には通用せず、
目を閉じた私にでも平気のニコニコ顔で話しかけてくる。

 

「日本国を憂いていたんですよね」

 

老人は延々と三島講義を続けている。

早くやめてほしいが、
幸いなことに老人の話は

「昔はよかった」


「最近の日本は・・・」


とか、
よくある年配者の嘆きのような空気は全くなく、
とにかく三島由紀夫が好きで、
その時代を生きた若いころの自分を懐かしんでいるだけのようだ。

 

長い時間を経て、
老人は私に丁寧に挨拶してから電車を降りて行った。

私はここ何年かで一番大きく深い、
安堵の溜め息をついたヨ。

 

自宅に帰ってからwikiで検索してみたら、
三島由紀夫の項目はものすごい文量だった。

これも何かの縁かもしれないね。

私ももうすこし文学や思想についても触れないといけないか。

 

 

ところで、
イヤホンして音楽聞いてる人の顔を覗き込んで、
聞くのを遮ってまで話しかけたり、勧誘したりとか、
そういうのが平気だったり気にならない人っていますね。
いや、別に悪いとは思わないんですよ。
人と接しようとする気持ちは否定したくない。
でも道ばたでアンケートとってる人とかは別だけどね。

あれは否定する。

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