■北京から来たお店-その3

「こんにちわぁ」

店内に入ると、お昼時だというのに客が一人もいなかった。

この北京から来たらしい中国人の夫婦が営む中華食堂はボクの自宅の近くにある。
このあたりは閑静な住宅街であり、立地的にもあまり客が入らない場所である。

そのせいか飲食店は数少なく、外食しようとすると
たいてい歩いて10分ほどの商店街のほうまで行くことが多い。
その商店街でさえ飲食できるお店の数もたかが知れている。

 

この中華食堂は値段が安いし味もなかなかで、
家から近いこともあってよく行くようになった。

すっかり顔なじみになってしまった。

いつものように店の奥からおばちゃんが顔を出し
ボクの顔を見ると笑顔で出迎えてくれる。

「イラシャイマセー」

おばちゃんの容姿は
“ささくれだった将棋の【角】駒”みたいである。

席につくとおばちゃんが水の入ったグラスとメニューを手渡す。

 

「キョハ、シゴトヤスミカー」

「うん、そう」

説明しても会話にならないのでいつも決まってこのやりとりである。

ここでちょっとハイブロウな返事でもしようものなら

「アーーー!?」

と大きな声で聞き返されるので、難しい日本語は話せない。

 

定食は10品あって、注文は決まってたので、

「鶏肉と野菜の辛みそなんたらください」

と言うとおばちゃんが言う。

 

「マーボナス、オイシヨ」

 

「う〜ん、ソレこないだ食べたし、今日は鶏肉で」

とボクが言うと、おばちゃんが再び言う。

「マーボナスオイシヨ!」

 

“ははぁ・・・また茄子余ってるんだな”

 

「じゃあ麻婆茄子でいいよ」

麻婆茄子は好きだし、
特に悪い気もしないのでオーダーを変えた。
日本人にこれをやられるとちょっとムッとするが、
この店はだいたいこんな感じである。

中国人らしいといえば中国人らしい。

この店の店内はきれいなもんだし、
車道からは割と目立つ場所にあるので
もっと客が入ってもよさそうなもんだが、
結構ガラガラな時が多い。

いくつか入りづらい要素もあるのでそのせいだろうか。

 ●店の人が難しい日本語がをしゃべれない
 ●店の窓が大きいので外から店内が見れるが、店内がやや薄暗い印象
 ●一見、しゃぶしゃぶとかの、ちょっと高そうな店に見える
   (前の店舗がしゃぶしゃぶをやっていて、そのまま使っている)。

そして、一番大きいのが

 ●おばちゃんの顔が怖すぎる

ということだろうか・・。

ボクはもう慣れたが、最初外から店内にいるおばちゃんの顔を見た時は
さすがにちょっとビビって、入るのを躊躇したものだ。
鬼瓦か、将棋の駒(それも角)のイメージなのだ。

おばちゃんは食事を終えて店を出る時は、いつでも同じ言葉を二回言う。

「アリガトゴザマチタ。アリガトゴザマチタ」

気の利いた言葉が言えないための苦肉の策(たぶん)なのだ。
でも誠意は伝わる。

 

少し前に水槽で飼ってた亀がどこに行ったのか気になるところですが、

それはそれとして。

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