■恋の傷跡
「ヒデ先輩・・・」 「なにやってんだ。最近、ミーティングにも顔出さないで。みんな心配してんだぞ」 「ひとりにしてください」 「発表会が近いんだぞ。作品は出来てるのか?」 「前回のを手直しして出すからいいです」 「前回のって・・・バカヤロウ! そんな手抜き許されるか!!」 「いいんですよ。みんなどうせマトモに見てやしないんだから」 「おまえ、それでいいのか」 「いいんですよ、もう。どうでもいいんだ」 「金曜の夜なのに自宅でひとりで酒盛りか?」 「・・・ひとりで悪いんですか。先輩だってひとりじゃないですか」 「何いってやがる。マッキーのやつが 「“心配”か・・・フフフ」 「・・・ヤクでもやってんのか?」 「もうやめましたよ、そんなの。金がいくらあっても足りやしない」 「みんな心配してるからミーティングくらい顔出せ」 「幸せなんですよ、マッキーは。マッキーだけじゃない、みんなね。 「なんだよ、その言いぐさは。おまえってば悪い酒だな。こんなに飲みやがって。もう飲むのやめろよ」 「まだ全然酔ってない」 「酔ってるよ。目なんかトロンとしちゃって」 「・・・ヒック」 「酒を飲み続けていると色んな事がどうでもよくなってくるだろ」 「はい」 「まずいことに飲んだ量のことや、次の朝の頭痛のことや、 「・・・もうどうでもいいんです」 「なにがどうでもいいだ。 「吐く前に寝ますよ。目を閉じてれば全て消え去るんだ」 「まぁ聞けよ。おまえはこういうことがないか? コップに酒を注いでいて、 「ありますね」 「あれってムカつくよな? 砂糖入りのだし巻きより許せんよな?」 「ムカつきますね」 「あれはな、天からのお告げだ。“飲むな”と言われてるんだ。“もうそのへんにしておけ”ってな。」 「違いますよ。単に抜け毛が舞い落ちて、甘味に誘われて小バエがコップの酒を飲もうとしただけですよ」 「おまえはどうしていつもそうなんだ。オレの言うことを聞け! おまえに信心はないのか! 神はいないのか!!」 「神なんかいませんよ。ファンタジーやメルヘンじゃないんですから」 「おまえも無神論者か。なんて情けないんだ。だから日本はダメなんだ」 「ほっといてください。ボクは拝んだりしないんだ」 「感謝する気持ちがないからダメなんだ。おまえも学べ」 「宗教なんか争いのもとですよ。現に今もここで争ってるじゃないですか」 「争ってなんかないぞ」 「良い教えが自分の信仰の中にしかないって考えだけだから戦争が起きるんだ」 「・・・おまえと宗教問題の論議しにきたんじゃないぞ。 「いやだ」 「フラれたくらいでなんだ。もうマキのことなんか忘れろ。なんだ、あんなクサレが」 「・・マキじゃありません、マサコです」 「エッッ!? もう違うのと付き合ってたの?」 「マキなんかただのバカ女でしたよ。三宮まで出かけてデートしたら、 「タクシーくらいいいじゃない」 「問題はその後ですよ。 「・・・災難だったな」 「その点マサコはいいですよ。 「・・・ほお」 「思いやりにあふれてるんだよね。待ち合わせに遅れても怒らないし」 「・・・ふぅん」 「家庭的で、猫好きで」 「・・・そうか」 「笑顔がまぶしいんです。笑うとね、細くてとがったアゴが張り出すんです。すごくそれがセクシーで」 「でもフラれたんだろ」 「だから飲んでるんだ!!」
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