■夢の中−慰安旅行
呼んでみたが友人達の姿はそこになかった。 日頃の仕事の疲れを癒すために友人の2人は 「野郎ばかりじゃムサいからな」 と言うと街のほうに消えていったのだが、
まだ夕方で空もまだ明るい。 「おーーーーい、どこ行ったーーー!?」 あたりを見渡したが2人の姿はなかった。 ふと車道のガードレールの側に浴衣姿の女の子がこちらを見ているのに気がついた。 「あの・・・置いてけぼりくっちゃって・・」 たぶん20代中ばくらいだろうか。 どうやら彼女達もボクたちと同じ旅館に泊まるらしく、 “どうしていいかわからないが、なんとなく人恋しい” 一人残された彼女もボクと同じ心境のようだった。 「あの・・・わたし、ゆかりといいます・・」 「あ・・ボクはたけしです」 2人で荒れ模様の海の側を歩いた。 「それでその上司がわたしの仕事をうまくくすねるの。 「ずっと男社会だったからね・・。今でもそういうの生き残ってるかもしれないね・・」 「せっかく努力して手に入れた仕事も、そいつの口八丁手八丁で横取りされちゃうの。 「同じ男として恥ずかしいね・・」 「もうね、お茶くみとかコピーばっかとる仕事なんかやりたくないの。 「・・・・・」 「あ! ごめんなさい!! 「いいよ、よくわかるよ・・」 「たけしさんは仕事楽しい?」 「う〜〜ん・・・あんまり仕事を楽しいって思うことはないけど 「遊んで暮らしたいとか思わない?」 「それはいつも思うけど、実際それをしてみたらすごく空しかったっていうのがあって・・」 「そうなんだ・・」 「女の子は特に大変かもしれないけど、男は男で大変だよ。 「そうだね」 「でもがんばってれば誰か見てるから」 「“誰か”って?」 「誰かだよ。友達かもしれないし、上司かもしれないし。 「そうなのかなぁ・・。毎日同じことの繰り返しでウンザリするんだけど・・」 「辛いことは成長するための肥だからがんばって乗り越えようよ。 「“意味”って?」 「さぁ、それがボクにもそれがまだわからんのだけど・・・」 「なにかの宗教でもやってるの?」 「昔やってたけど」 「あんまりこういう話できる人が周りにいないからたけしさん話しやすいです」 「あんまり勇気づけられるような話できなくて・・。ボクは変わってるから・・・」 「・・・なんだか落ち着けます」 「そう?」 「あたし田舎から出てきてもう2年になるけどこっちに馴染めなくて・・」 「出身はどこ?」 「新潟です」 「そうなのか。てっきりこっちの人と思ってたけど」 「・・・東京は楽しいですか?」 「不都合はあるけど・・・それはどこでも同じだから。 「たけしさんはどこですか?」 「愛媛」 「四国の? でも関西弁なんですね」 「関西も長いから」 「都会はなんでもあるけど 「サラリーマンより物書きなんかのほうが向いてるかもしれないね」 「え、わたしですか? そうですか? どんな仕事?」 「わかんないけど・・小説家とかライターとか・・」 「え〜〜、今まで考えたことなかったなぁ! なんだか希望が湧いてきました!!」 「・・いや、なにもそこまで・・・」 「話の種としても、今まで言われたことなかった言葉だから 「新しい道が開けるといいね」 「はい。なんだか気分がいいです」 彼女は少しうつむいて何か考えるような仕草をして、 「あの・・今日は恋人同士ってシチュエーションでいいですか?」 「“シチュエーション”?」 「友達2人もきっと夜はその・・・あなたの友達と一緒だと思うんです。 「うん、いいよ」 割り切ってるのはお互い様なのだ。
彼女は両腕をボクの首に回すと、自分の体をボクに密着させた。 男と女が二人きりになればすることはひとつなのだ。 「・・・いつもこんなことするわけじゃないんです・・」 そうつぶやく彼女をぎこちない手で抱きしめると 目を閉じて彼女の体の匂いを吸い込んだ。 そういえば今日は汗をものすごくかいた。 「今日、風呂入ってないから」 すると彼女が言った。
「恋人なら気にしないわ。
とてもいい雰囲気のところにドンピシャのタイミングで 「つめた〜い!!」 「旅館に戻ろうか・・」 「ううん、もう少し歩かない?」 「いいけど・・。タオル持ってくるよ」 そういってすぐ側の旅館までタオルを借りにもどった。 「・・・ゆかり?」 見回せど彼女の姿はどこにもなかった。 ふと真っ黒な荒れ狂う海面に目がとまると 「ゆかり!!」 高波にさらわれたのだ。 「ゆかりーーーー!!」
すると灰色の空の雲の隙間から誰かの男の声がした。
「申し訳ありません。伊藤は本日不在です。ご用件は上司のわたしが伺いますが?」
これがゆかりの言ってた嫌な上司の男の声か。 「きさまなど呼んどらんわ! ゆかりはどこだ!!」 「どうでしょう・・。今朝わたしの自宅を出てから一体どこに行ったんだか・・・」
・・・・“自宅”? ボクはとっさに考えを巡らせた。
人の心の不思議。 ボクは叫んだ。
「ゆかりーーーーーーーーーー!!」 白い花の髪飾りが暗い波間でユラユラと笑っていた。
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