■ワシの村を救うんじゃ!!
どうやら今回の夢の中でボクは犬のようだ。 しかも生粋の日本犬ではなく、よくある薄茶色の雑種である。 BUT! しかーし! 血統書なんかなくとも心は錦なのだ。 このボクは夢の中で、犬のくせに車を運転している。 レモンイエローのオンボロ・スターレットを駆り雑種犬のボクは集会場に急ぐ。 かけっぱなしのカーステから流れてくる“ブードゥー・チャイル”でテンションは最高潮だ。 「やっぱりジミヘンはええのぅ!!」 ここは愛媛県西条市飯岡戻川。ボクの故郷。 水の都。澄んだ水に乾いた藁の香り。 せせこましさなど微塵もないのどかな平坦なこの土地は、遙か彼方までのんびりした景観が広がっている。 ボクは実家から少し離れた小道を車で走っていた。 集会場までは数kmほどだ。 ふと見ると100mほど先に婦警がミニパトを止めて睨みをきかせていた。 「検問しとるがね!!」 ボクはあせった。 ついさっき、缶ビールを1本空けてきたところだからだ。 すかさず手前の小道を左折した。 こういう検問を目視してから迂回できそうな道には、大抵他の警官が張っている。 案の定その道を他の婦警が待ち構えていた。 けたたましく鳴り響く笛の音でボクのスターレットは停車させられた。 「なんぞね、酒飲んどんかね?」 「勘弁してんやー。ビール1本だけじゃけん」 「1本だけでもあかんがね」 「急いどるんじゃ。もうせんけん」 「ちょっとでも飲酒は飲酒ぞね。人でもしゃいだら(轢いたら)どなん言い訳すんぞね?」 「いや・・ほんま今日は勘弁してん」 「ほんでなんぞね、なんちゅう趣味悪い車の色ぞ」 「・・そなんことないじゃろが」 「気にくわんがね。気にくわん子じゃがー」 「うおーーーー、やめんかいやーー!!」 女とは思えない逞しい婦警の両腕で襟首をつかまれ、 ボクの体は車の窓から引きずり出された。 「どこ行くとこじゃったんじゃ?」 豪腕の中年婦警は高圧的にボクに問いつめる。 「いや・・・ほんじゃけんさっきから集会場に行くって言うとるじゃろが」 「なんの集会じゃ」 「市長から電話あったんじゃ。“問題起きたけん助けてくれ”言うて」 「なんであんたに市長から電話あるんぞね。嘘言われん」 「嘘じゃないがね。はよ行かんと怒られるがね」 「切符切るけんね」 「やめてんや!! 今月ピーピーじゃけん」 「知るかね。悪いことしたんじゃけん反省せんかね」 「ボクみたいなの捕まえんともっと悪いのおるじゃのが。毎月ここに来る土佐もんとか」 「そうじゃの。あれはなんとかせんといかんの」 「今日も来とるんぞね」 「ほんまかね」 「ほんまよ。そんで市長に呼ばれたんじゃ」 「あんた、ほんだら交渉犬かね?」 「そうじゃ」 「なんで先にそれを言わんのぞね!!」 婦警はいきなり鼻息を荒らげて叫んだ。 婦警はボクを立たせてミニ・パトの助手席に乗せた。 「懲りんやっちゃな、あの兄ちゃんは!! 土佐もんにいつまでも好きにさすかね!!」 ボクを乗せたカリカリにチューンナップされた婦警のスーパーチャージャー・ミニパトは 猛烈なGで加速すると荒々しく集会所に向けて走り出した。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「あのぅ・・どなん用件かいの?」 ボクは雑種といえども日本犬らしく柔らか口調で尋ねた。 しかし本当は聞くまでもない。この男の用件は分かっている。 こいつがここにやってくるのは三度目なのだ。 このふんぞり返って、態度のでかい屈強そうな男は高知からやってきた。 低姿勢なボクに一瞥をくれると冷ややかに言った。 「なんじゃ、雑種なんかに用はないがや」 「こなんとこで争いごとは困るがや。ここはのんびりしたとこじゃけん、振ってもなんもええもんは出んけん」 「つまらんとこじゃきに、ワシらが変えちゅう言うとるんぜよ」 「同じ四国じゃろが。なんでそなん突っかかるんじゃ? 仲良うせんかね?」 「馴れ合いは好かんぜよ」 「今は平成ぞね。こんな田舎でいがみ合って陣地取りせんでもええじゃろが。国際社会の時代ぞ」 「なんじゃ、愛媛のモンは皆、尻尾振りよるの」 「そなんことないがー」 「何言うとんじゃ、皆犬じゃが。頼りないのー、ワシらを見習わんかい」 土佐モンの言う通り、ボクらの村はセントバーナード、チワワ、柴犬、プードル、レトリバー・・・全員犬だった。 ちなみにボクは名もない雑種だった。 「なんぞーー、さっきから聞いとったら何様ぞーー!?」 村の中でも屈指の荒くれ者のドーベルマンの石川が一人牙をむいた。 ドーベルマン石川は拳を握りしめて男のもとにツカツカと歩み寄った。 「あ・・・・、石川くん、止め・・・・・」 ボクがそう言い終わるより先に男の拳が石川くんの顔面を捉えた。 石川くんは無様にその場に崩れ落ちた。 一同は静まりかえった。 石川くんは虚ろな瞳のまま体を起こし鼻を鳴らした。 「くぅ〜〜ん・・・」 石川くんは男と目を合わさないようにしながら服従の意志を示した。 男の靴を舐めたのだ。 荒くれ者であった石川くんは、哀れ、男のパンチ一発で“文字通り”犬になった。 「くぅ〜〜〜〜〜ん」 村人全員が一斉に鼻を鳴らした。 すっかり一同を制した男は、満足気に出身の芸能人や偉人名の自慢合戦を始めた。 「愛媛の有名人のなんぞ大したモンおらんきに」 「そなんことないわ! 真鍋かをり、高見知佳、風間杜夫・・・・えーと・・・」 「なんちや、スケール細いヤツばっかじゃのぅ」 「伊丹十三がおらい。正岡子規もそうじゃ」 「そんだけかい」 「んーーーと・・・・村上ショージとか・・・」 「・・・やっぱりのぅ・・・」 「どういう意味じゃ!!」 「そんなもんじゃのー。高知はのぅ、川谷拓三、志村喬、広末涼子、横山やすし、 間寛平、江本孟紀、吉田茂、板垣退助・・・・・そんで坂本竜馬!!」 やっぱりというか、坂本龍馬の名前を呼ぶ時は更に誇らしげである。 「じゃけんのー」 高知出身の有名人、高知の名所、うまい食べ物・・・さんざん自慢話を聞かされボクらはうんざりした。 「心配せんでも愛媛のモンはワシらがちゃんと飼ってやるきに」 「ワシらペットやないぞ!!」 「犬じゃろが」 ボクは言葉に詰まり一同に助けを求め、後ろを振り返った。 市長のセントバーナードは毛づくろいしていた。 極度のストレスのため、ものすごい激しさで毛づくろいをしている。 あまりに後ろ足で首のあたりをかきむしったためにすっかり毛が抜け落ちて地肌が見えている。 無関心でマイペースなパグはDSでみんなのゴルフをやっている。 お上品なプードル奥様達は“なんとかなるだろう”という楽観主義を決め込み、 今晩のおかずの話と韓国ドラマの話なんかしている。 底意地の悪い悪友が他人事のように、首をかき切る仕草でボクをあざ笑った。 石川くんはすっかり男の犬となり果て、かいがいしく男の肩をモミモミサービスし続けた。 男は勝ち誇りながら、くわえていた火の点いたダンヒルを吐き捨てると言った。 「兄ちゃんよ、男見せてみるかぁ?」 ボクは涙ぐみながら叫んだ。 「きょっ・・・・・今日は引き分けにしたる!!」
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