■現実の世界にようこそ




「しょうゆ切らしたから買ってきてくだちゃい」



友人に訳の分からない電話をして携帯を切った。
ふとリビングから台所に続くドアを見ると、 少し開きっぱなしになっていた。
5cmほど開いている。
夜なので、電気を消してある台所のほうは暗闇だ。

その暗闇でゆっくりと何かが動いた。

開いたその戸の向こうの暗闇に誰かいるのだ。

5cmほどその隙間から誰かがこちらを覗いている。

ギョロリとした目がその隙間からこちらを覗いている。




「だっっ・・誰でちゅかぁ!?」




ボクが叫ぶと目は消えた。
すると今度はスイッチの入ってないテレビのブラウン管に現れた。

暗いブラウン管の闇の彼方にひとつだけ目が浮かび上がり、
こちらをジッと凝視している。




「誰なんでちゅかぁ!?」



ボクが叫ぶとまた消えた。
ボクは恐怖にかられて周囲を見渡した。
違う場所からまた自分のことを見つめているのではないだろうか?

ボクは落ちつきなく周りを見渡し、目を探した。

  居た。

今度は本棚と本棚の間の隙間にいた。

そのわずか1cmほどの隙間の暗闇からボクをジッと凝視する歪んだ目




「一体何の用なんでちゅか!!」



ボクが叫ぶとまた消えた。
ボクは怯えながらも周りを見渡した。
きっとまたどこかに移動してきてるに違いない。

居た。

今度はノートパソコンに来ていた。

閉じたノートパソコンの黒いプラスチック製のサイドパーツにその目はいた。

何を言うでもなくじっとこちらを凝視している。



「くそぅ! なんなんでちゅか!? 何か用でちゅか!? 何とか言ってくだちゃい!!」




ボクが叫ぶとまた消えた。
しかしまたどこかに隠れてボクを見つめているに違いない。




幽霊なのか?

幽霊なんか無視してやる。

相手にしなければ消えてくはずだ。

ジロジロ見やがって。

オマエなんか家に招いてないぞ。

勝手に入ってきやがって。

何が幽霊だ。

幽霊なんか知るか。

そんな陰気な目でオレを見るな。

無視だ。

シカトしてやる。

オマエなんかいない。

オマエなんか見えない。

最初っからいなかった。

なんか問題があるなら警察か医者に行け。

オレは知らん。


 オレは只の・・・小市民だ!!




コーヒーだ。
コーヒーを飲んで頭をスッキリさせるんだ。

台所。

台所に行くぞ。

・・・・しかし、待て。

ああ言ってみたものの、電気の消えた台所はやっぱり怖いぞ・・。

・・・どうしよう?

戸を開けた途端、暗闇の中からヤツが手を伸ばしてボクをどこかに引きずり込んだら??


でもコーヒーを入れるには台所に行かんとダメだぞ。
待て・・・コーヒーなんか入れなきゃいいじゃないか。
布団に入って今夜は寝てしまうんだ。
くるまって寝れば見られても関係ない。

・・・・・いや、いかん!!


相手に負けて自分の行動を制限されることのほうが問題なんだ。

幽霊なんかに負けてたまるか!!

戸を開けるぞ!!

開けて台所の電気を点けりゃいいだけだ!!






戸を開いた。


台所の闇の中には誰もいなかった。
気配もなかった。
ボクはすぐに電気のスイッチを入れた。
周りを見渡したが誰もいない。気のせいだったんだろうか?
インスタントコーヒーを作って部屋に戻った。
イスに座りコーヒーカップを口に運ぶ。



「熱っっ、でちゅ!!」



熱すぎたコーヒーにびっくりしてズボンの上にこぼしてしまった。
ティッシュで拭き取りながらふとコーヒーカップを見た。

ヤツがいた。

すぐ近くまで来ていた。

カップの中で黒い波紋を浮かべるコーヒーの中に目はいた。

ジッとこちらを見つめつづけていた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



目を開くと天井が見えた。

ボクは布団の中でたっぷりと寝汗をかいていた。


「不気味な夢だったなぁ・・・」






窓際の戸で物音がした。


 ゴリゴリゴリ
・・・・



壁をしきりに引っ掻く音。
ボクは恐る恐る戸を開けた。





いつものノラ猫が3匹そこにいた。
“遅すぎる朝飯”にシビレを切らして催促にきたのだ。


シャーーーーーーッッ!!



3匹ボクに向かって一斉に“非難の声”を上げ、牙を剥いた。






現実の世界にようこそ。

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