■敬之くん




 コンコンコン



「敬之くん、まだ?」



「待ってよ。たけし」

「敬之くん、早く行かないとオヤジにドヤされるよ」

「もうちょっと待ってよ、たけし」

「ホント時間ないって。早くしてよ」



「おまたせーーーーーーーー!!」




「・・・声でかいよ。ほら、早く行くよ」

「たけしが焦らすからまた切れちゃったじゃないか」


「相変わらず切れ痔かい」



「痛いよぉ。すごく痛いよぉ」

「だから家出る前にトイレ済ませてけってあれほど言ったのに」

「シャレになんないよ。なーんないよ。シャレになーんなーいよぉ」

「早く駐車場まで急ごう」




「・・・敬之くん」

「ん?」

「・・・鼻になんか付いてるけど・・」

「え、何なに!?」

「白いの付いてるって・・」

「あ、いけね!!」


「またキメてたのかい?」


「まずこれがないと何も始まらないんだ」

「オヤジにこんなとこ見つかったら破門だよ」

「オヤジなんかなんでもないよぉーーー!!」

「今からオヤジのお供に行くっていうのに大丈夫なの?」

「だいじょぉーーーーーぶだよ!!」

「前にいっぺんパクられたじゃないか。もうやめときなよ」




「そうそう。たけしさぁ、これなんだけど」

「これって何さ?」

「うん、今流れてる曲さ。渡辺美里だよね」

「そうだね、懐かしいね」

「なんでデパートのBGMってこんなチャラチャラしたメロディなんだろね」

「そりゃ・・・有線のチャンネルなんじゃない?」

「それだったらオリジナルの曲が流れるチャンネルにすりゃいいじゃない」

「なんか流しちゃいけない決まりでもあるんじゃない?」

「なんだかチャチい気の抜けた音だよね。どのデパートに行ってもこんな曲流れてるね」

「そうだね」

「それにこれはダメだよね。この果物見なよ」

「あっっ、敬之くん、何食べてんだよ!! 金も払わないで!!」

「全く消費社会の悪しき習慣だよね。ただ形が悪いだけでこんな値段で売ってんだぜ?」

「形がグロテスクだと見栄え悪いじゃないか」


「見栄えが何さ。どうせクソになるだけだろ」


「・・・・敬之くんさぁ・・・シラフの時はそんなしゃべり方しないよね」

「うわぁ・・・このリンゴ熟し過ぎだな。ちっともシャリシャリしないや」


「ちゃんと金出して買いなよ!!」



「かまうもんか」


「あれ? 敬之くん?」

「うん、出口こっちじゃなかったっけ?」

「あっちだっけ?」

「たけしが下着売り場のパンティばっかチラチラ見てるからさ」

「見てないよ!!」

「見なよ、レジに人いないよ。お客ほっぽり出して、しょうがない店員だよね」

「たまにはいなくなったりするだろ」


「きっとトイレに隠れてキメてるんだよ」



「そりゃ敬之くんだろ」



「ほれ、帰ってきたよ。見てみなよ、鼻シュンシュン言ってるじゃないか」

「・・・風邪引いてんだろ」

「おい、ねえちゃん。どこで買ってんだ? ボクから買わない? ねぇ?」

「ばっ・・馬鹿! やめなよ、敬之くん!!」

「今月ノルマ足りねーから営業だよ」

「だからこの娘やってないってば!!」

「なーんだ、なら最初っから言えってーのよ!!」

「・・・・まったく・・ラリったら急に態度でっかくなるんだから・・・」


「おまえ、何見てんだよぉーーーー!!」



「カタギに絡むのやめなよ。それにその顔と声で凄んでも恐くないよ」





「あ、ここだ。オレたちの車は・・あそこだな」

「あ、そうだ、たけし」

「何? 敬之くん」

「こないだボクの教えたSMクラブ、隠れて行ったでしょ?」

「・・・行ってないよ」

「ウソおっしゃい。茜女王様が教えてくれたよ」

「・・・行ったよ・・」

「何も隠すことないのに。これでボクと仲間じゃん」

「誰にも言わないでよ」

「言わないよ」

「いいんだよ、好きなことは好きって言えば」

「それにしても敬之くんってばホント好きだよね」

「好きなものを好きと言える気持ち抱きしめてたい」

「・・・“抱きしめてたい”とか止めて。恥ずかしいから」

「たけしってホントに細かいね」

「ところで・・・ホントに言わないでね」

「わかってるよ」

「ほんっっとに言わないでね」



「言わないよ、絶〜〜対ィ!!」

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