■歩み寄る狂気の足音!!




飯を食べた後は仕事場から離れた公園に行く。
休憩はなるだけ仕事場から離れたい。

夕方の5時半である。

この真冬のこの時間帯はなかなか寒さが厳しいものがあるが、
それでも静かな場所でゆっくり休みたいもんです。
たとえ寒空の下、空っ風に吹かれ震えながらタバコふかしたとしても。



この時間帯というのは近辺の愛犬家の散歩コースらしくて、
毎日いると色んな種類の犬があっちからこっちからやってきて通り過ぎていく。
中にはどこで手に入れたのか不思議な、見たことないような種類の犬もいるので面白い。
私は猫好きだが、犬もまぁかわいいね。
動物というのは見ていて和む。

私はチビで短足で、目の前が毛で隠れ、口元からは長い髭のような毛がビローンと垂れ下がった
まるでジジィみたいな子犬に目を奪われた。
目の前が毛で隠れてるのに平気で歩いてたからだ。
私はベンチに腰掛けたまま、通り過ぎるジジィ犬を見送った。

自分の吐いたタバコの白い煙が夜空に吸い込まれていく。

“寒い季節はうんざりだ・・・”

長時間のデスクワークでカチカチになった首と肩を動かしてほぐしてやる。
ゴキゴキと小気味のいい音がした。
私は再び歩き去ったジジィ犬のほうを見つめた。


遠くからものすごい早足で近付いてくるおばさんが目に入った。
ものすごい形相で私を睨み付けながらどんどん近付いてくる。


“うわ、なんだあの赤鬼みたいなオババは!!”


私はビビった。
でも私のほうを見ているのは気のせいかもしれない。
再び近付いてくるオババのほうを見た。


真っ直ぐ私を睨み付けている。


ものすごい早足で近付いてくる。
両肩を上下に派手に揺らしながらどんどん近付いてくる!!
もう一度顔を見た。
遠目にも湯気が出そうなほど煮えていた。


怒れる赤鬼だった。


“ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!”

私はこんな時にあの事件を思い出す。
大阪時代の“眉なしオババ襲撃事件”のことを。

身の危険を感じれば素直に逃げればいいのだが

“ここで逃げれば負けを認めたことになる”

と、ピンボールみたいにはじけつつある私の心拍数とは裏腹に
小市民的な小さなプライドをかけて私の尻は夜のベンチに食い下がるのだ。

オババとの距離は数十メートルになった。



私の何が気にくわないのか?

何か怒らせるようなことをしたのか?

このタバコか?

 ・・・いや、理由など・・・

理由なんてなくても簡単に人が死ぬ世の中だ・・・。




でも私はまだ死にたくない。
手近に武器になるようなものを探した。
何かないか??・・・・・何もない・・。
棒はおろか石ころもない・・。

私は瞬時に攻撃された時への防衛手段を頭の中ではじいた。


まず目打ちでひるませて・・・

両平手で思いっきり耳を同時にしばいて鼓膜をやぶり・・・

みぞおちに膝・・・・・・

よし、簡単かつ完璧だ!!



私は身構えた。
オババの顔がどんどん近付いてくる。
怒りに上気するオババの視線は真っ直ぐ私に据えられていた。
白目がちなオババのギラついた瞳が私を射抜いている。
私はオババの目に吸い寄せられたように視線を離せない。
そしてオババが私の前に立ちふさがった。


私の視界が闇に包まれた。

恐怖は未知なものにある。

恐怖は闇の中にある。

私は神ではない人に祈った。


“・・・・おかあちゃん・・・・”



どのくらい時間がたったのだろう。

ベンチの側に飛び散ったおびただしい量の血糊。

鉄の匂いがした。

遠くでタクシーのクラクションが鳴り響いた。

目の前の寿司屋の前でおこぼれに預かろうと
一匹の野良猫が店の中をのぞき込みながら座り込んでいた。




・・・・何があったのか記憶にない。

辺りには誰もいない。

自分の体をさぐった。

・・・どこも傷はない。

これは夢なのか?

夢なのか?



夢だった。
瞬時の夢から覚めて辺りを見渡した。

スウェットを着たオババが肩を大きく左右に揺らして私の側を通り過ぎていった。




・・・・・・ウォーキングね・・・。

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